[新曜社2005年6月1日初版]
進化心理学について少し概観したみたいと思って読んだ入門書であるが、何冊かこの系統の本を読んできたあとなので、かなりの内容は既にどこかで読んだ記憶のあることであった。それでいくつかの話題だけをとりあげてみることとする。
- 楽園追放仮説:
われわれは石器時代の生活に適応するようにつくられている。そういうヒトが、それとはまったく環境の異なる現代世界で生きていることが、今日の様々な問題をおこしているという説。たとえば農耕技術によりわれわれは高い人口密度を維持できるようになったが、そのことは、感染症伝播のもとにもなった。
反論:しかし人類は繁栄しているではないか? ということは生活の基本パターンは石器時代とかわらないのではないか?
この説は著者も認めているようになかなか魅力的な説である。とくに文学方面の人間に受けそうな仮説であると思う。何しろ文学は世に適合していないと感じている人間がつくる要素が大きいから。ルソーの高貴なる野蛮人説などはこの系統であろうか? もっとも、文学青年たちは、楽園追放仮説のようにわれわれが古代のこころをもっているなどというのではなくて、自分の感受性は世界の先端をいき過ぎているというように思うが。
- 統合失調症の集団分裂仮説:
統合失調症患者は集団を分裂させる指導者となることで、ヒトの集団が大きくなる過ぎるのを防ぐことにより、かつてはヒトの生き残りに寄与したのではないか?という仮説 これは群淘汰の考えに依存しているという重大な欠点をもつが魅力的な説である。
中井久夫氏の《統合失調症は古代においては、差異についての非常な敏感さのゆえに適応的であったのだが、現代においてはそのようなことが要求されなくなったがゆえに非適応的となった》という説を思い出した。中井氏によればうつ病は現代に適応的なのだそうである。
- 身体の大きさの重要性:
大きな身体は、摂取カロリーも多く必要になるということでもある。チンパンジーと初期人類は、高カロリー混合食を選択することにより、この問題に対処した。脳は維持するのにコストがかかる臓器である。チンパンジーはエネルギーの8%を、人類は22%ものエネルギーを脳に使っている。これは肉食でないと維持が難しい。
ハンフリーの本を読んだときも、免疫機能というのはきわめて高級な装備であって、多大のエネルギーを維持に要するという指摘があって面食らった。われわれは筋肉の活動にエネルギーが必要ということは実感できても、脳の活動にも膨大なエネルギーを要するということをついつい忘れがちである。
デカルト的身心二元論はわれわれの奥底のどこかで生きていて、心は霞を食って生きているような錯覚が生じるのである。なにしろ、心は体ではなく延長をもたないものだから。
- 脳の大きさ:
ヒトの脳が大きくなった原因として、食糧をえるためという説明と集団生活を維持するためという説明の二つがある。たとえば、草食ではなく、果物のようにまばらにしか存在しない食物に依存する場合には、優れた色覚が必要である。
他の個体をだますマキャベリ的知性をもつのは、ヒト以外にはチンパンジー、オラウータン、ゴリラだけだとされている。
まばらにある食物に依存するほど、集団の規模が大きいほど、脳が大きく、新皮質が大きい傾向がある。
道具の使用が脳の大きさとかかわるという説は現在では否定的である。
ハンフリーの本で、アフリカでチンパンジーがのんべんだらりと暮しているのを見て、その生活のどこに知能が必要なのだと思って、ああそうだ、彼らは頭を集団生活の葛藤を乗りこえるために使っているのだと思い至った、という部分があった。とすれば、われわれも頭の大部分を集団の中における自分の維持ということに使っているわけである。そして脳が発達するほど社会生活もまた複雑になるわけである。
- ディスプレィ仮説:
ヒトの脳が600万年前から300万年前までの(進化的にいえば)短期間に3倍の大きさになった理由は、オスの孔雀の羽のようなもので、ヒトは配偶者を選ぶ場合に認知的スキルもその一つの基準とするからだという説。要するに、頭がいいともてる!? もてる個体は子孫を残し、それが脳の巨大化の原因となった。
男性が女性の10倍も、芸術、音楽、文学をしかもほとんど若いときに産出するのは、それが一種の求愛ディスプレィであるからというとんでもない説もあるらしい。
最近ブログなどというものが急成長しているのも、その理由の多くは求愛ディスプレィなのだろうかということを考えた。わたくしもまた求愛ディスプレィをしているのであろうか? もう若くはないけれども。
昔、三島由紀夫が、学生運動のタテ看(今のひとにはわかる言葉だろうか?)を読んでも何がいいたいのかはさっぱりわからないが、性欲が過剰であることだけはよくわかるというようなことをいっていた。ブログでもそういうものが散見するようにも思わないでもない。もっとも、性欲が過少?、生命力が希薄?であるようなものもまた多いようだけれども。

- 作者: ジョン・H.カートライト,John H. Cartwright,鈴木光太郎,河野和明
- 出版社/メーカー: 新曜社
- 発売日: 2005/06/01
- メディア: 単行本
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