作品社 2010年11月
わたくしは音楽に関しては守旧派であるので、十二音の音楽というのをほとんどきいたことがない。ベルクのヴァイオリン協奏曲などというのも十二音なのだろうか?(そう思って今、ケーゲルが指揮しているベルクの「ヴォツェック」とか「ルル」の音楽を聴きながら書いているのだが、音楽だなあと思う。少なくとも「現代音楽」ではない。しかし、ウエ―ベルンでは「現代音楽」に近づく。)
どちらかというとそういう方面の悪口ばかりを先に読んできているので現代音楽の方面には偏見だらけである。それでここに挙げられている日本の十二音技法による作品というのもほとんどきいたことがない(きいたことがあるのは、松平頼則「「越天楽」による主題と変奏」くらい)。そもそもそれらの曲は再演されたり録音されていたりしているのだろうか? ほとんど誰もきいたことのない曲について詳細に論じた本を書くというのも考えてみれば随分とおかしなことである。
わたくしの読んだ悪口の代表が小倉朗氏の「現代音楽を語る」なのだが、そこでもいわれているようにシェーンベルクは心底からのドイツ音楽讃美者なのであり、「今後百年間にわたるドイツ音楽のヘゲモニーを確保する」ための技法として十二音技法を編み出したわけであるが、つまり、そこでは音楽の進歩ということが信じられていたわけである。以前にはない技法への希求がそれを必要とした。それと同時に、なんでもありではなく外から縛る何かも必要とした。かつての作曲家を縛ったものは調性という制約であった。その制約の存在とそれを乗り越えようとする挑戦との間の葛藤が曲を生んだ。完全に自由にしていいのであれば何も作れないことになる。
芥川也寸志さんも「音楽の基礎」で、音楽の歴史が完全8度、完全5度、完全4度から長短3度の音楽の和声音楽へ、それがドビッシーの長2度をへて、12音技法の短2度にいきついた。しかし平均律では短2度より短い音程は完全1度で、それでは原始に逆戻りである、困った、というようなことをいっている。これまた音楽には方向がある、しかし袋小路に入りこんでしまったというような見解である。
テレビのクラシック音楽の番組の解説に現代音楽の作曲家がでてくる。シューマンの交響曲いいですねえ、などといい、ぼくはこれを聞いて作曲家になろうと思いましたなどという。しかし、かれらが作っている曲はそれらとは似ても似つかぬ曲である。柴田南雄さんはマーラーの第6交響曲をきいて音楽家になろうと思ったといっている。しかし感傷を排する現代音楽と感傷そのものといったマーラーの音楽がどう結びつくのかがよくわからない(マーラーはブルックナーなどとは違い、現代音楽に通じる何かをもっていたことは確かであるとしても)。
日本の(あるいは世界の)十二音技法というのは何だったのだろうか? それへの答えを期待して読んだのだが、それは書かれていないように思った(まだこの章しか読んでいないので、全体を読めば違う感想になるかもしれないが)。つねに小倉氏の批判を年頭において読んでいたら、最後にその小倉氏の意見がでてきて、驚いた。小倉氏の見解については、「凡庸だが、それゆえに典型的でけっして侮ることのできなない」という微妙な形容がついていて、長木氏はその見解については両義的なようである。
わたくしには十二音音楽は、聴衆のための音楽ではなく、仲間にむけての音楽だったのではないかという気がする。それはとにかく技法を競うもので、その技法を評価できる人間はほとんど周囲の作曲家に限られていたのではないかと思うからである。ちょうど、ある時期の日本文学が文壇という狭い世界を過剰に意識して小説が書かれていた時代があるように。長木氏はこれら技法が現代という時代を反映した必然という部分ももっていたということもいいたいようである。しかしそれが面白くもおかしくもない音楽であるとすれば、かりに現代が面白くもおかしくもない時代であるとしても、多くの聴衆を獲得できないのは当然であろう。
今、リドレーの「繁栄」も読んでいて、現代を歴史における最良の時代であるという説についていろいろと考えている。リドレーの意見が奇異にみえるのは地球温暖化や化石燃料の枯渇といったといったことと相いれないのではないかというようなことによるばかりではなく、音楽の頂点が18世紀から19世紀にかけてあって、20世紀では凋落にむかっているのではないかというようにみえる点にもまた存するのではないかと思う。リドレーのいうように知識は確かに歴史の歩みとともに増加していくのであろうが、適量の知識が望ましい分野というのもあって、ある一定以上の知識はかえって活動の足かせになるというような部門もあるのはないだろうか? 音楽というのはひょっとするとそのような分野なのではないだろうか?

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