長木誠司「戦後の音楽」のなかの「合唱とうたごえ」

 
 この章は面白かった。日本の西洋芸術音楽史からつねに排除されてきたものがある。それが合唱音楽と吹奏楽であるという。ともにアマチュアの世界のものだから、と。もちろん、間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」や林光の「水ヲ下サイ」などは例外なのであるが。もっといえば戦後音楽史は“大衆”を扱えていない。本書によれば合唱が広く普及したのは戦後のことらしい。戦後に大きく普及した原動力として、一つに合唱コンクールがあり、もう一つに“うたごえ運動”がある。さて“うたごえ運動”は流行歌やジャズ、ロック、あるいはフォーク・ミュージックといったものには冷淡だった。それが頽廃的であるとかアメリカ的であるとされたから。
 その運動にかかわった人として芥川也寸志のケースがとりあげられている。そのころの芥川はハチャトリアンやショスタコーヴィッチあるいはプロコフィエフといった方向の音楽を追及しており、「音楽本来の生命力やバイタリティを信じ」、「現代音楽が抽象的で頭脳的になり、小さく先鋭的になって」しまっていること((つまりは12音技法といった方向)に批判的であった。それを克服する方向を求めて“うたごえ運動”にも一時近づいたのだが、それが政治を第一の目的とする方向がはっきり見えてきたときに、そこから離れた。氏は「芸術」と「社会」を天秤にかけた場合には「芸術」をえらぶ人間であった、と。
 
 わたくしは何も楽器ができない人間であるので、高校時代には合唱(男子校なので男声合唱)にはいっていて、それで合唱コンクールにもでたことがある。大学時代は偶然であるが芥川氏が主宰していた「鯨」という合唱団に入っていた。それで芥川氏に接することになったが、非常に多忙であったであろう氏が練習にきちんとくるばかりでなく、合宿などにも泊まり込んで参加していた。氏はこのころ新交響楽団の指導にも忙しかったのだろうと思う。それにもかかわらずそのような指導をおこなっていたということは、アマチュアというものに非常に期待するものが大きかったのであろう。音楽というのは鑑賞するものではなくて、自ら参加するものである、というような方向の何か。しかし、今では新交響楽団は日本のアマチュア交響楽団としては一番レベルの高い楽団と評価されているのではないだろうか? アマチュアが気楽に参加できるようなものではなく、セミ・プロ級の人が参加する団体になってしまっているような気がする。本書に書かれているが、合唱も最近では小学校の団体ですら無調的な至難のパッセージをすらすら歌ってしまうようになっているのだそうである。それは音楽教育の成果なのだろうか? あるいはわれわれをとります音楽環境が以前にくればれば格段に高度なものになってきているからなのだろうか?
 それほどよく聴くわけではないが、最近のコンクールで歌われる合唱曲はとんでもなく難しそうな曲が多い。作曲家も、自分が書いたオーケストラ曲についてはほとんど演奏されることを期待できないが、合唱曲であれば相当難度の高いものであっても演奏してもらえる可能性があるから、力を込めて創作するのかもしれない。わたくしの弟も大学時代に合唱をしていたが、その発表会で間宮氏の「コンポジション」(何番だか忘れた。「ここのつこがねのくらぬしさまは・・・」とかいう歌詞の曲。)をはじめてきいた。なんて面白い曲!と思った記憶がある。
 もう何十年も前の高校時代の男性合唱の記憶では、合唱の魅力というのは“ハモる”ことに帰着していたように思う。G2D3G3H3などというのが決まるとしびれる。つまり西洋音楽カデンツ構造を体感させるのに、合唱は一番いい手段だったのではないだろうか? しかし無調の旋律がでてくる合唱曲が現在では普通になっているのだとすると、もはやそのような機能は失われてしまっているのかもしれないが。
 本書では、民謡の問題が大きくとりあげられている。民謡がカデンツ構造の上に乗るとは思えないし、ハモる民謡というは想像もできない。そもそも西洋音楽の歌唱法と民謡の節回しに少しでも親和性があるとも思えないが、コダーイの合唱曲などはとても面白いから、扱いようによっては日本民謡も面白い曲になりうるのかもしれない。
 外山雄三作曲?編曲?の「ラプソディ」は本書では「豪快にして奇天烈な作品」とされているが、あそこでの「八木節」である。「ちょいと出ました三角野郎が」のほうが、われわれ日本人にはベートーベンの「歓喜の歌」よりも本当はしっくりくるのだろうか? N響の誰か(千葉薫さんだったか?)が年末には「第九」ではなく、黛敏郎「涅槃交響曲」をやろうといっていたそうである。まさに除夜の鐘である。「第九」はそれ一曲だけでは少し短いので、その前座?に何か一曲やるのが通例であるが、それに何を選ぶかはなかなか難しい問題のようである。前座に「ラプソディー」というのはどうだろうか? 第九の荘重深刻真面目の異化作用として抜群の効果であるような気がするが、やはり効果がありすぎで、水と油であろう。客席から座布団が飛んできかねない。
 もっとも本書によれば、現在の10代20代の若者は「八木節」を知らない者が多いのだそうである。知らない若者が「ラプソディー」を聴いたらどう感じるのだろうか? 外国で演奏するととても面白がられてうけるのだそうであるが。所詮は「ラプソディー」は外人のための富士山・芸者路線の上にあるのだろうか? あるフルーティストがいっていたが、尾高尚忠の「フルート協奏曲」をハンガリーなどで演奏するとものすごい拍手喝采なのだそうである。西の音楽と東の音楽という区分をすると、ともに東に入るのであろうか? (「鯨」の合宿で夜飲んでいるときに、芥川さんが武満徹「ノヴェンバー・ステップス」に触れて、琵琶と尺八を持ち込んだ点で負けで、あれはそういう楽器なしに作曲されなければいけなかった、というようなことを言っていたのを思い出す。)
 芥川氏がもとめていたものは民謡を編曲した作品というようなものではなかったわけだたか、ソヴィエトに行ったときにそのような曲ばかりを聴かされて閉口したらしい。(ところで日本共産党が理想とする音楽というのはどのようなものなのだろうか? まだ社会主義リアリズムなどということを言っているのだろうか?)
 いましばらく前に書かれた十二音技法あるいは無調による現代音楽は現在ではほとんど演奏されることはないだろう(たとえばブーレーズの作品。どういうきっかけだったか忘れたが、昔、どこかで「主のない槌」の実演を聴いた記憶がある。実に実に現代音楽であった)。結局、時代錯誤であるとされていたショスタコーヴッチやプロコフィエフの作品のほうがまだしも演奏される。そのような中で、日本の一番生きのいい現代曲は合唱曲という形で提供されているのかもしれない。
 

戦後の音楽――芸術音楽のポリティクスとポエティクス

戦後の音楽――芸術音楽のポリティクスとポエティクス