ASAHI Medical 2011・11「脂質異常症」

 
 「ASAHI Medical」という医療者向けの雑誌の最新号に「脂質異常症」の特集がある。脂質異常症というのは以前なら高脂肪血症と呼ばれていたものであるが、脂質は高い方ばかりでなく低い方も問題なことがあるということで、最近このような言い方をされるようになった。
 ずっと以前に柴田博氏の「中高年健康常識を疑う」を読んで以来、日本動脈硬化学会と日本脂質栄養学会の対立というのに興味をもっていて(ちなみに、柴田氏は脂質栄養学会の人)、こういう記事をみると何となく見る習慣がついている。特にそこでの座談会が面白かったので、以下少し論じてみたいと思う。
 この座談会に出席しているのは、北徹、上島弘嗣、佐々木敦、横山信治という方々で、北氏は日本動脈硬化学会理事長とある。その他の方々も動脈硬化学会よりなのかということはわからないが、印象としてはそうであるように思われる。ただ、佐々木氏は他の3氏とややニュアンスが異なっているように思われるが。
 ひとことでいえば、動脈硬化学会はコレステロールは下げるべきという立場であるし、脂質栄養学会は下げなくてもいいという立場である。栄養学会側がコレステロールは高いほうがいいといっているとされることもあるようであるが(そういっているひともいるのかもしれない)、柴田氏の本を以前に読んだときの印象では、一部治療が必要なひともいることは確かであるが、多くのひとは治療を要さないとしているように思えた。
 それでなぜ脂質栄養学会のひとが動脈硬化学会のガイドラインに異をとなえるのかについて、横山氏は「定説に反することを言うと、商業主義のマスコミが飛びつくから」というようなことを言っている。柴田氏の本を読んでの印象では少なくとも氏はそのような人ではないと思う。学問的にコレステロールについての現在の主流派の見解はおかしいということを真摯に主張していると感じる。北氏は「脂質栄養学会のひとは脂肪酸の研究をしているひとが多い」といい、横山氏も「コレステロールの研究にくらべて、脂肪酸の研究は重要な分野であるにもかかわらず解明が十分に進んでおらず、その臨床的重要性についての認識も遅れている」と認める。そしてそこから先ははっきりとはいわれてはいないのだが、コレステロール仮説を否定すればそれ以外の動脈硬化の要因としての脂肪酸にもっと多くのひとの注目が集まるのではないかという期待があるのではないかというようなことをにおわせる発言をしている。ただ、脂質栄養学会の主張が疫学の科学的方法論を無視していることが問題なのであるのだ、と。
 そうではあるが、佐々木氏は「脂質栄養学会が薬の使いすぎを指摘しているのは、その通りという面もある」とし、北氏も「中高年女性は下げすぎというもの本当である」とみとめている。
 佐々木もいうように日本では冠状動脈疾患の発症率が非常に低い。欧米の5分の一くらいである。コレステロールのコントロールは主として冠状動脈疾患発症の予防なのであるから、そうであるならその基準値は緩くていいはずであるが、LDLコレステロールが140mg/dL以下という基準は世界一厳しい。それについての上島氏の見解はそれは理念的・哲学的なものなのだという。予防の観点にたてば厳しめであることも肯定される、と。横山氏も、LDLコレステロールがいくつ以上を異常とするかの境界はどこにでも引くことはできるので、どこからを治療対象とすると何人助けられるかとい判断がそれを決めるのだという。なぜ日本で低く設定されているかというと日本は国民皆保険制度があり世界一恵まれているからで、日本のような基準では膨大な医療費がかかるから他国にはできないと佐々木氏はいっている。佐々木氏は日本動脈硬化学会の管理目標は非常に厳格ではあるが、一時予防(今まで冠状動脈疾患をおこしたことがないひとが、これからおこさないようにするための対策)は生活習慣の改善に尽きるので、ほとんどの人は食事の注意でいくべきであるとしている。
 アメリカでコレステロール値が下がってきているのは生活習慣の改善によるところが大きいのだという。アメリカでは10年以内に心血管イベントを起こすリスクが20%以上と予測された人は薬で治療するが、その他では生活習慣の改善を薦めるのだそうである。日本では非専門家は、ガイドラインの目標値をちょっとでも超えるとすぐ薬を使う傾向があるが、冠状動脈疾患の頻度が高いアメリカと日本を同じに考える必要はないのだから、高血圧や糖尿病を合併しているハイリスクの者以外は一時予防では薬を使う必要はなく、生活習慣を見直してゆっくりと改善していけばいいのだ、そう佐々木氏はいう。ただし二次予防(一度心血管イベントをおこしたひとが再発しないための対策)としては薬でしっかりとコントロールすることが必要である、と。高血圧とは違って、あわてて下げることはないのだ、と。
 それで、どうやって生活習慣を変えさせるかということについてであるが、頚動脈の内膜中膜複合体厚(IMT)検査は超音波を当てれば簡単に測定できるのだから、これを普及させればいいというような議論がされている。それを大量生産して一家に一本体温計ならぬ、一家に一台IMTエコーをなどという冗談のような会話がされている。
 2012年の現在のガイドラインが改定されるのだそうがが、女性はリスクが低いので、現在の方針がかなり見直されるのだということである。
 とすると二次予防が重要になるが、日本には二次予防についての正確なデータがないのだそうである。(5年間で5%が再発というようなデータがあるのだそうであるが)
 
 ここでは、脂質栄養学会がおこなっている日本動脈硬化学会のガイドラインへの批判が疫学の科学的方法論を無視しているとして批判されているのだが、結果として言われていることは、かなりの部分が脂質栄養学会の主張と一致するのではないかと思う。いわく、高コレステロール血症の多くは薬物治療は不要である。中年以降の女性の高コレステロール血症もほとんどの場合、薬物治療は不要である。そして脂質栄養学会の主張が疫学の科学的方法論を無視していると批判されているにもかかわらず、日本動脈硬化学会のガイドラインは疫学から科学的に導かれたものではなく、多分に哲学的で理念的なものであり、日本が国民皆保険制度というめぐまれた環境にあるからことでてきているものであるということがいわれている。
 なんだかなあ、である。日本の医療保険制度は破綻寸前である。皆保険制度で恵まれているから少々の無駄は許容されるでしょうというような議論が通るのだろうか?
 わたくしが感じる疑問が二つある。一つは、果たして食事指導や生活習慣指導で高コレステロール血症が改善するだろうかということである。改善するひとがいないとはいわない。しかし、その数は多くはないと思う。わたくしの生活習慣指導がいい加減で熱心でないためにそうなるのかもしれないが、一般的にいっても、生活習慣に介入して健康を改善しようとする試みは敗北の歴史であると思っている。
 ひとはコレステロールのためや血糖のためだけに生きているのではないのだから、わたくしの説得によって生活習慣を変えるひとがいたとしたら、それは自分の人生観として健康であることを第一選択とするに限られるのではないだろうか? その多くは、冗談でいう、健康になれるのであれば死んでもいいというようなタイプのひとである。そういうひとはコレステロールに限らず、血圧、血糖、体重、お腹の調子などなどありとあらゆる体の変化に過敏なひとであるのだが、そういうひとをわたくしは健康とは思えないのである。むしろ医者の仕事は、そんなことは気にしなくてもいいよ、どんどんと好きなことをしてください、というものではないかと思っているので、そういう健康過敏症のひとに生活指導などをはじめると泥沼にはまってしないのではないかと思っている。一家に一台IMTエコーなどということになったら、そういうひとは大変である。毎日測定して、厚さが増えたとか減ったとか一気一憂するに違いない。
 それで第二の疑問というのは、日本においてコレステロール管理の目的が主として予防であるとすれば、厳密な数値目標を設定すればするほど、管理の対象となるひとが増え、結果として本当は管理される必要がないひとが管理対象となってなってしまうということである。ある少数のひとについては管理によって疾病の発症を防げたかもしれない。しかし、多くの本当は管理は必要でなかったひとを“病人”にしてしまうわけである。医療の非常に大きな目標は病人をつくらないということではないかと思っているので、予防について非常に厳しい数値目標を設定することについての疑念が消えない。
 この対談で、さかんに日本食の優位性、伝統的和食のよさということがいわれている。昔からの日本の食事は健康にいい、だが塩分だけは控えめにするようにというわけである。ここでも柴田氏の本ではまったく違ったことがいわれていた。日本の健康指標が改善したのは日本人が肉をたくさん食べるようになったからであり、結核などの感染症死が減ったのも、脳出血死が減ったのも、みな肉の摂取増加による栄養の改善によるのだとしていた。感染症は途上国の病気、脳卒中は中程度開発国の病気、そして冠状動脈疾患は先進国の病気なのであるが、日本が先進国入りしたにもかかわらず冠状動脈疾患が増えないのは魚の摂取量が多いからなのであって、昔風の日本食に戻れなどというのは以前の低栄養に戻れというようなものであって間違った主張であるというのである。柴田氏は「人類にとって、食肉こそ、寿命を延ばし、食の喜びをもたらした最大の食品である。四方を海に囲まれ、魚介類も恵まれた日本人にとっても、それは例外ではなかったのである」などといって、肉食のことになるとやや感情的になるところがあるように思うのだが、ここでの座談をきいていると、禅寺での精進料理のようなものを勧められている感じで、なんだかあまり元気がでてこない。
 日本では(まだ?)あまり多くはない冠状動脈疾患の予防のため禁欲的な?食生活をすることがどれだけ正当化されるのかがよくわからない。たとえばここに100人のひとがいて、でたらめな食生活をおくっていて、そのままでいくとその中から10年以内に二人心筋梗塞が発症するとする。それが理想的食生活をしてもらえば、一人の発症に50%発症率を減らせるとする。残りの98人は本当はそのままで良かったのだが、理想的食生活を強要されたことになる。ただ自分が100人の中の二人に入るかどうかは事前にはわからないのだから、それをすることによって心筋梗塞にならたかった一人というのが自分であった可能性も否定はできないのだが。
 この座談会は「脂質異常症」をめぐってのものなのだが、議論されているのは徹頭徹尾LDLコレステロールのことだけであって、中性脂肪の話などはまったくでてこない。ここでの議論をみると中性脂肪の上限値の設定などどのようにして決められたのだろうかという疑問が生じてくる。
 今、健診で一番、異常と判定される率が高いのが中性脂肪で、その次がLDLコレステロールなのではないかと思う。しかし、受診しているひとはそれが世界一厳しい基準であるなどとは知らない。またそれが日本が国民皆保険制度という恵まれた環境にあることから意識的に厳格に設定された基準値であることなどもしらない。だが、数値にH(high)のマークがつくと非常に気にするひとが多い。
 それからLDLコレステロールの低下目標は20〜30%が妥当であると佐々木氏はしているが、最近の薬物は非常によく効いて半分くらいの数値になってしまうひとはいくらでもいる。それは下げすぎなのだろうか? 脂質栄養学会の人たちは、コレステロールが低すぎるのもまた問題であるとしているのであるが、現在のガイドラインでは下げすぎることへの注意という項目はないように思う。佐々木氏が20〜30%の低下が妥当とするのは、安全性と経済性を考慮してというのであるが、この安全性は主として副作用の問題からのようであり、下げすぎることによる人体へのマイナス効果を考えてということではないようである。現在、二次予防については相当強力に低下させることが望ましいとされているようであり、一次予防であってもIMT検査でプラークが存在するひとについては強力に低下させることによって、プラークの縮小が期待できるとされているようである(製薬会社のひとはそういう文献を持ってくる)。低いこともまた悪いのかどうかということについてもわたくしのような非専門家としてはぜひ情報がほしいのであるが、脂質栄養学会のひとはそのように主張し、動脈硬化学会のひとは癌で低栄養のひとがたまたま対象に入ってきてしまうので、コレステロールが低いひとに死亡率が高くなるように見えるがそのようなひとを除外すれば低いことが死亡率を高めることはないと主張しているようである。
 少なくとも柴田氏の本で示されていたデータ(J−LITという研究)では総コレステロールと総死亡率の関係はU字型であって、高いほうも低いほうも死亡率が高く(高いほうは280以上、低い方は160以下)なっていた。癌にだけ着目すると、ほぼ直線的に高い方が癌死が少なく、低い方に癌が多くなっていた。このJ−LITでのグラフというのは非常に変なもので、コレステロールの値を180以下、180−199、200−219、220−239、240−279、280以上とわけて検討している。20きざみなのだが、240からだけが40きざみとなっている。それは240−259、260−279というようにすると、一番死亡率が低いのが240−259のひとであるということになって、240以下を管理目標とするという方向に合わなくなるために、ここだけ240−279としたということらしい。そうすると220−240が一番死亡率が低くなる。
 こういう一番基本的なデータについてさえ、動脈硬化学会と脂質栄養学会は対立しているわけである。医療経済的観点ではなく、臨床的・疫学的観点からあまり下げすぎないほうがいいのかというのは、わたくしのような非専門家としては一番知りたいデータなのであるが、どのひとたちの言っていることが正しいのか判断ができないのである。
 わたくしのような素人からみると、動脈硬化学会の主張も脂質栄養学会の主張もどちらかが全部ただしく、一方は全部間違いなどということはなくて、コレステロール動脈硬化にかかわってはいるのだろうが、いまいわれているガイドラインはかなり厳しめに設定されていて、それ以下にコントロールしないと大変なことになるなどということは大部分の場合にはなくて、それを低下させることによって恩恵をこうむるひとの数もそれほど多くはないが、恩恵をこうむるひとがいないわけでもなく、一方、コレステロールを低下させすぎることによって不利益をこうむるひとだっていないわけではないかもしれないというあたりが正しいのではないかという気がする。しかし現在のガイドラインからは到底そのようには読めない。
 最近、児玉龍彦氏が国会で被曝問題について証言し、東大にも御用学者でないひともいるとして評判になっているが、「私の専門は動脈硬化で、コレステロールにより血管の内皮細胞が活性化されるメカニズムについて論文を書いて「ネイチャー」の表紙になって、それで東大の教授にしてもらいました。コレステロールみたいなありきたりなものでも内皮細胞を活性化して、プラークという腫瘍みたいなものを作ってしまうことを調べたのが、私の一番の仕事です」というようなことをいっている。問題はここなのだろうと思う。動脈硬化の組織を調べると、病理学的に、病態生理学的に、あるいは分子生物学的に、そこにコレステロールが関与していることが歴然としている。そうであるなら、演繹的に、コレステロールを下げることは動脈硬化の発展阻止や改善に有効でないはずはないというのがコレステロール研究者の共通の信念となってくるのは当然なのだと思う。だからそれについて疫学的に調べてみて、思った通りにならないとどこかおかしいとなり、思った通りであればやっぱりということになるのではないだろうか? 疫学データを見る目にバイアスがかかってしまう。脂肪酸については演繹的にそれを支持するデータがそれに比べれば乏しいので研究者からみるとコレステロール降下有効説のほうが信じやすいということなのではないだろうか? そしてコレステロールは児玉氏もいうように、ありふれた物質であり、細胞膜の構成成分であり、さまざまな生物学的活性物質の前駆物質でもあり、それは生体機能の実に様々な部分にかかわっているので、それを低下させることは、生体に予想外の変化をもたらしてしまうこともあるということなのではないだろうか?
 

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