文春文庫 2013年4月
4編の中編小説を収載する「Full Dark, No Stars」の中からの2編を訳出したもの。他の2編はすでに「1922」として刊行されているらしい(いずれ買うつもり)。この中編集に付された「著者あとがき」も訳出されていて、そこでキングはこの中編集を「不愉快で手厳しい」といっている。「闇は深く星は見えない」のである。
確かに「ビッグ・ドライバー」も「素晴らしき結婚生活」も「不愉快で手厳しい」物語である。しかし「星が見えない」わけではない。そこでは「正義」が実現される。言わば勧善懲悪の物語でもある。勧善懲悪であるから通俗小説である。キングがいう「虚構物語芸術」である。キングによれば、それは「人生に意義を持たせ、また私たちの目にするしばしば恐ろしい世界に意味を付与してくれる極めて重要な対応策のひとつである。「どうしてこんなことが?」という問いかけに答える手段である。物語はときに−常にではないが、往々にして−暗に語ってくれる。理由があることを。」
精神科の現場では、一部の医師は患者に物語を提供する。それが本当のことであるかどうかはどうでもいい。それが患者の人生に「意義を持たせ」れば、いいのである。問題はそれが、本当のことを患者側が信じてしまうことが往々にしておこってしまうことなのだが。(歴史の解釈というのも、しばしば、物語の提供である。偶然の出来事を繋ぎあわせて、そこにある必然の流れを作り上げる。)
ある時期の村上春樹の小説は、読者に汎用性のある物語を提供し、読者の人生を肯定させる力を持っていたのであろう。キングはいう。「純文学はたいてい普通の状況下における異様な人々に関心があるが、読者としてかつ書き手として、私がより興味を持っているのは異様な状況下における普通の人々を語ることである。」
本書の2編では、主人公は女性である。それが異様な状況に置かれる。「ビッグ・ドライバー」では主人公のミステリ作家はレイプされ、「素晴らしき結婚生活」では、主人公はある時夫が連続殺人の犯人であることに気づく。その状況下で主人公たちはどう行動するか?、それがこの虚構の物語をつくっていく。
「素晴らしき結婚生活」はどこか「ドロレス・クレイボーン」を想起させるところがある。キングにとって、父親の失踪というのが創作の原点なのではないかと思う。父親はある時、蒸発してどこかにいってしまったことになっているのだが、母親が父を殺したのではないかという疑念が、直接には「ドロレス・クレイボーン」(母親に捧げられている)を作り、間接的には本書の「素晴らしき結婚生活」にも反映していると思う。
わたくしには村上春樹の新作より本書のほうがずっと面白かった。

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