今日入手した本

岡田英弘著作集」5・6

 岡田氏の本を最初に読んだのは何だったか覚えていないが、おそらく「歴史とは何か」だったのではないかと思う。あるいは「妻も敵なり」(のちに「この厄介な国中国」に改題)だったかもしれない。
 とにかく目から鱗どころではなくて、まったく考えたこともない視点、見方、考え方が次々にでてくるのでただ驚いた。頭がいいひとには満腔の敬意を表することにしているので、ただただ凄いひとと感嘆しているが、どうもこの方、日本人ばなれしたかたらしく、他人の学説の批判などを遠慮なくずけずけとするらしい。ということで日本人の学会では嫌われ無視されて、海外から評価されるということになっているらしい。
 本書を買ってみることにしたのは、一つには最近の新聞(「毎日」?)の書評で第6巻がとりあげられていたのと、与那覇潤氏と池田信夫氏の日本・中国・西欧という三題噺みたいな本を読んでいるということがあると思う。読み落としているかもしれないが、この与那覇・池田本でも岡田氏のことはでてこないように思う。
 今すこしだけ見てみても、とにかくおもしろい。第5巻の冒頭にある「現代中国の誕生と日本」という20ページちょっとの文を見ただけでも、1)秦の始皇帝以前には中国はない。だから中国の歴史は2200年。2)日本は建国以来明治まで、大陸のどんな政権とも正式な国交を結んでいない。鎖国は1200年にわたる。遣唐使とか足利将軍が明に使いをおくったというのも正式な国交ではない。3)中国の皇帝を皇帝として受けいれたことがない。これはアジアではきわめて特異な態度である。4)しかし漢籍を通して最新の情報を手にいれることには努めてきた。江戸時代でのヨーロッパの情報さえ中国を通してはいってきた。5)問題は情報が漢文で入ってきたことで、漢文は情報量に乏しい言語なのである。6)したがってヨーロッパの情報はおろか、同時代の中国に関する情報さえ実はほとんど入っていなかった。7)それは万葉集から国語の開発に努めた日本と対照的である。ということは日本人は漢文も大和言葉で読んでいた。8)日本は明治期にわずか30年ほどで国民国家化した。国民国家は戦争のための装置で、それが近代化の本質である。9)第一次の帝国主義は点になる港とそれをつなぐ海路だけを確保するというだけのものであったが、第二次の帝国主義は領土を奪い合う。10)当時、日本を脅かしたのは欧米だけでなく、清朝もまた脅威であった。アヘン戦争後、軍備を大幅に強化していたからである。清は朝鮮に派兵していた。11)これが日清戦争の原因となった。12)しかし日清戦争は日本と中国の戦争ではない。なぜなら清は中国ではないから。清朝満州人の帝国で、当時中国は満州人の植民地であった。13)日清戦争の結果、日本は台湾を割譲されたが、台湾もまた中国のものではなかった。清国のものだった。14)ロシアが朝鮮に入ってきた。それで日露戦争がおきた。15)それに勝利して、満州の南半分を確保し、大陸からの脅威を一応食い止めた。16)しかし引き上げるロシアの兵士がシベリア鉄道を乗っ取ったためシベリアが無政府状態になった。そのためロシア本国でも第一次革命がおきた。17)第一世界大戦がおきてロシアは弱体化し、ボルシェビキ革命となる。18)日本がロシアを滅ぼしたのである。19)アヘン戦争は実はほとんど中国に何の被害もあたえていない。少数の英国人の船が海岸から河をさかのぼってあちこちを砲撃した程度である。海賊の襲来が日常茶飯の中国では珍しくもないことである。20)しかし日清戦争の影響は深刻だった。中国からみれば民度の低い野蛮人と思っていた日本が中国を支配していた清国を打ち破った。21)満州人もその下の中国人もこれではだめだと思った。22)そこで考えたことは、今までのシステムをやめて日本式でいこうということだった。外国(つまりはほとんど日本)に留学して新知識を身につけたエリート官僚に国家を運営させよいとした。23)これは日本が近いということもあるが、日本が明治以来の近代化の過程で開発した新しい日本語が大いに与って力があった。明治以降につくられた日本語は英語を基礎にしてそれを直訳するやりかたによる新しい言語なのである。江戸までの言葉には科学、技術、法律、軍事、政治にかんする述語を欠いていた。漢字の組み合わせで次々と言葉がつくられていった。24)これは清国からの留学生にとってきわめてとりつきやすいものであった。漢字であらわされた欧米の新思想、新知識、新技術が次々に中国大陸に浸透していった。中国文明の日本化が滔々と進んでいった。25)これにより、それ以前の伝統的な中国はほとんど消失してしまった。26)中国の近代化は日本型の近代化であった。26)革命思想も日本から持ち帰ったものである。これが辛亥革命をおこした。27)つまり、帝制ロシアと大清帝国を倒したのは日本なのである。28)しかしその結果、日清・日露の戦争で築いた大陸での防衛戦が崩壊することになった。29)新しく中国にできた中華民国は名ばかりで軍閥(ほとんどが日本で軍事を学んでかえったものが首領)が跋扈する無秩序状態である。商売のために来ていた欧米人を保護する能力は中華民国にはなかった。とすれば自国の居留民の安全確保のためにそれぞれの国から軍隊が派遣されるのも当然である。それを侵略と呼ぶのは納得しがたい。30)ロシア帝国も崩壊して、シベリアは内戦の巷となった。31)当初、コミンテルンはなんの力もない中国共産党ではなく、国民党の孫文と組んだ。32)結局、中国が共産化することにより、アメリカがでてこざるをえなくなり、結果として日本が防衛の心配をしなくてよくなったことは日本に幸いした。大陸との関係をもたずにいられたことが日本の高度成長に資したかもしれない。33)中国の未来は暗澹たるもので、それが崩壊したら日本にとんでもない厄災をもたらすだろう。以上は1998年の書かれているので、最後の33)あたりはまったく外れているではないかということになるのかもしれないが、岡田氏はそれをそのまま著作集に収めているのであるから、大きなスパンにおいては訂正の必要をみとめないと思っているのであろう。
 20ページの文章の要約にこんなにスペースを使っては要約になっていないが、漢字というものについての氏の論だけでもわれわれのもっている常識を一変させるものである。
 上記の要約でも何だか岡田氏は右よりという感じであるが、実は要約で中国となっているところは著作集ではすべてシナである。
 
M・マイヤーズ「セレンディピティと近代医学」  5年ほど前に出ていた本の文庫化らしい。
 セレンディピティとは「何かを探しているときに、本来探しているものとは別の、価値あるものを見つけだすこと、あるいはそれをできる能力」のことをいうらしい。
 医学の歴史におけるそれらの事象を簡潔にたくさん収めている。
 自分に比較的かかわるブランバーグによるオ−ストラリア抗原(B型肝炎ウイルス)の発見とピロリ菌の発見(というか病原性の認識というべきかもしれない)の部分だけとりあえず目を通してみた。B型肝炎ウイルスの発見により輸血による感染がなくなったと書いてあるのは明らかにミスで、C型肝炎のことが無視されている。ピロリ菌はもっと偶然に発見されたように思っていたが、かなり周到なやりかたで病原性が同定されたようである。だからセレンディピティの例としては少し合わないのかもしれない。
 ときどき医療にかかわる文を書かされることがあるので、その枕などに使える話がたくさん収められていそうである。