今日入手した本 橋本治「負けない力」

負けない力

負けない力

 
 橋本治さんがこんな本を出していた。どこかの雑誌とかに書いた文を集めたものではなく、書き下ろしのようである。
 このタイトルからは何が書いてある本か想像できないが、「「負けない力」とは知性のことです」と「はじめに」にあって、その通りに「知性」について論じた本のようである。わりあい大きな活字で組んだ250ページほどの本で、橋本氏の本を読み慣れているわたくしは二時間ほどで通読してしまったが、この本ではじめて橋本氏の本を読むひとがいたら、何のことやらであるかもしれない。
 「宗教なんかこわくない!」以来、橋本氏のいうことは変わっていないなと思う。要するに、「自分の頭で考えろ!」 ただ「宗教なんかこわくない!」のころと比べると、文章を書くとか本を書くということが現実社会にもつ力への信頼はとても弱くなっているように感じる。「宗教なんか・・」はオウム真理教事件という未曾有の事態のもとで、普段ものを考えることをしない日本人が珍しくものを考えているという状況があって、橋本氏にも読者がある程度見えていたのではないかと思う。
 しかしふたたび日本人はものを考えなくなってしまっていて、その中で「考えろ! 自分の頭で考えろ!」という本を書いても読者が見えないでのはないかと思う。最後のほうに「たぶんこの本は、日本の総理大臣も日銀の総裁も読みません。日本を動かしうる立場にある人なんか、きっと誰も読みません。その点で、なんの影響力もありません。私にだって「日本を動かす力」なんかありません」とある。その通りだろうと思う。その点で数日前にとりあげた原田泰氏の本と対照的で、原田氏の本を総理大臣も日銀総裁も読むことはないだろうが、安倍総理がしていることも現日銀総裁がしていることも大きな筋道からいえば正しい方向を向いていると主張することで、現政権と現中央銀行のやりかたに疑念を感じているかもしれないひとを説得したいと思っていて、そのことでなにがしか「日本を動かす力」をもつことを著者は期待しているのではないかと思う。原田氏の本は大筋において現状肯定の本である。橋本氏によれば、現状肯定とはものを考えないことである。
 「「なんかへんだな・・・」と感じることからしか始まらない」と橋本氏はいう。駒場祭のポスター「とめてくれるな!・・」の頃から、橋本氏は周囲にいる大学生たち(あるいは一般的に知識人と呼ばれるひとたち)を「なんかへんだな・・・」と感じていた。氏の著作をみると「なんかへんだな・・・」はすでに高校生のころからあったらしい。それはほとんど身体的な感覚であったのかもしれない。だから「わたしの身体は頭がいい」ということになって、知性は肉体に宿るのかもしれないのだが・・。
 「「世界はまだ完成したわけじゃないよな」とあなたが思った時、あなたは少なくとも「大きな問題」にただ打ちのめされているわけではないのです。今までそこに「ある」と思えなかった、細い通路があるかもしれないということに気づくのです」というところを読んで、何となくポパーを連想した。「未来は開かれている!」 橋本氏は悲観的なポパーなのだろうか? ポパー自身は無類の楽観のひとであるように思うが・・。