今日入手した本 村上龍「おしゃれと無縁に生きる」

 

おしゃれと無縁に生きる

おしゃれと無縁に生きる

 龍さんが「Goethe」という雑誌に連載した記事をまとめたものらしい。この雑誌は手にしたこともないけれども、何となく成功した中年男性のための雑誌という印象であり、「LEON」(この雑誌まだあるのかな?)などよりも硬めの読者を対象にしたものかなと思っている。その読者はたとえば「文藝春秋」の読者などとどの程度かぶるのだろう? 龍さんが書く雑誌は何となく「保守」のほうのものが多いような気がする。
 タイトルの「おしゃれと無縁に生きる」は最初の記事で、そこではイタリアの男はファッションに関しては保守的で、ほとんど例外なく青いシャツを着ているが、それは「ネクタイが合わせやすく、白だとフォーマルすぎてつまらないから」というきわめてシンプルな理由なのだそうである。「イタリア人のおしゃれとして赤いパンツやピンクのシャツが紹介されたりしている」が、あれは嘘なのだそうである。「ちょいワル」などというのはいないのだろうか? わたくしはおしゃれというのにはまったく関心がなく、昔、吉田健一の本のどこかで読んだ「男の服装の要諦は目立たないこと」というのにもっぱらしたがっている。
 龍さんの周囲にいる著名な文化人とか、仕事ができるメディア関係者にはおしゃれな男がいないのだそうで、それは充実した仕事をしているひとは当然ながら多忙で、ファッションに気を使う時間的余裕などはないからなのだという。彼らは経済力に応じた「ごく普通の格好」をしているだけなのだが、普通でも充分に人気があるので、ほかのひとから「おしゃれですね」などと言われたいとは思わないのだ、と。「LEON」を読むような人は充実した人生を送っていないということなのだろうか?
 この連載をしているころに龍さんは還暦を過ぎたのだそうで、心身の劣化はよく自覚しているが、「情報量と人的ネットワーク」だけは若いころよりも増えているという。この「人的ネットワーク」というのが龍さんなのだなと思う。同じ村上でも春樹さんは隠者みたいな生活をしている印象で、「人的ネットワーク」の構築という方向とは無縁のようにみえる。「友達がいない」という荒川洋治さんや、「他人と深く関わらずに生きるには」を書く池田清彦さんに共感してしまうわたくしは、人的ネットワークの構築といったことが大の苦手で、そういうことでは老後の悲惨が目に見えているとは思うのだが、将来を考えて、今、気乗りしないことをするのもまっぴらで、鍵のかかる部屋に一人でいるのが幸せであるという性分はこれからも変わらないと思う。
 高度成長期はある意味、牧歌的な時代だったが、今はシビアな時代で「短期と中長期、仕事と人生、それぞれの目標を設定できない人は、不利な生き方を強いられる」という。自分のことを考えてみると、高一くらいのときに「医者になりましょ」と思ったのが、唯一の人生の目標設定で、それだってより正確にいえば「自分はサラリーマンとしての適性はゼロだな、宮仕えでない職を考えねば」というだけのことで、サラリーマンでない生き方のロールモデルとして、たまたま勤務医であった父が身近にいたというだけである。医者になろうとは思っても、開業という選択肢は一度も考えたことはない。その程度のことで生きてこられたのだから、確かに高度成長期はいい時代だったのである。
 3・11の大地震で走行中の新幹線がすべて脱線することなく停止した(27本が走っていたのだそうである)のは驚くべきことであると村上氏はいう。早期地震探知システムの発動で大きな揺れの前から非常ブレーキがかかって減速が開始されていたためなのだそうである。こういうことこそが日本の誇れることなのである、と。この大震災での自衛隊の活動も特筆すべきもので、10万人規模で活動し、地震からの4日で2万人弱の人を救ったのだそうである。世界各地での大震災でも、これほどの救助活動の例をまず知らないと村上氏はいう。
 このあたりを読むと龍さんは愛国者だなあと思う。新幹線が脱線せずにすんだことはここでの指摘ではじめて気がついたのだが、起こったことには気づけても、起きなかったことについてはわれわれはなかなか気づけないわけである。3・11にともなう原発の事故についても、あの程度で済んだということもあるのではないかと思う。日本でだからこの程度で済んだのであって、他の国でおきていたならばもっと悲惨なことになっていたという可能性もあるのだろうと思う。もちろん、幸運もあっただろうし、偶然に助けられたこともたくさんあるだろう。何より起きたことは起きたことであり、イフをいうことには意味がないのだが、リスク管理というのは何かあった時に被害をなるべく少なくするということであって、被害をゼロにするという目標設定は人知の限界をこえているように思う。
 村上氏は、政治の目標は大きく二つ、一つは外交で、もう一つは資源の再配分という。高度成長期には、外交は日米安保という明確な機軸があり、独自の判断が必要な場面はほとんどなく、資源の再配分も圧倒的な経済成長で増える税収で対応できたのだ、と。つまり政治がほとんどその役割を抛棄してもなんとかなっていた。その時代が当たり前のものとして刷り込まれてしまっていることが、われわれが、現在、変化を受け入れることができない最大の理由なのだという。政治の役割が変わっていることに政治家もメディアも国民の多くも気がついていない、と。もしも現在以上に社会保障を充実しようとすれば増税以外にないし、正しい配分政策というものもなく、どの層どの分野に重点的に資源を配分するかだけが問題なのに、そういう議論もない、と。
 日本で社会保障制度の構築がはじまったのは1960年ごろからからと思うが、当初の制度設計は理想論的であり、遠からずの破綻が想定されていて、手直しがすぐに必要となるとみな思っていたのだが、高度成長があったため、持続不可能なはずの制度が不思議に維持できてしまい、そのため、それがいつの間にか、自明で当然のものとされるようになりアンタッチャブルなものとなってしまって、制度の改訂が必要とされてもなかなか行われず、結果として改訂が後手後手にまわるようになったという話をどこかで聞いたことがある。
 制度改定どころか、1967年から10年間くらいの美濃部「革新」都政では、老人医療費がタダの時代があった。今となっては信じられない話だが、高度成長という一時的な現象を永久に続く自然現象のようなものと錯覚していたのかもしれない。あるいは国はいくらでもお金が沸いてくる打ち出の小槌をもっていると思ったのかもしれない(これは今でも続いていて、だから国の借金がとんでもないことになっているのかもしれない)。革新都政というのは社会党共産党の推薦ということだが、美濃部氏はマルクス経済学者とされていた。「フリー・ランチはない」というのが経済学の第一原則であるとすれば、美濃部都知事という経済学者はそれさえも知らなかったことになる。もっとも「フリーランチはない」というのは近代経済学マルクス経済学が健在であった時代には、今われわれが経済学と呼んでいるものがそう呼ばれていた)での話である。マルクス経済学というのは、それならば、古代経済学か中世経済学であったのだろうか?
 「昔はよかった」などというのは嘘!と村上氏はいっている。日本がある時期に高度成長した最大の要因は「非常に大きな需要が存在したこと」だ、という。「昔がよくはなかった」からこそ、あれも欲しくこれも欲しく、無限に需要は存在していて、それが結果として経済を成長させたのだ、と。
 「アベノミクス」の是非は、経済・金融の専門家ではない自分にはわからないと村上氏はいう。「だまされない」ために一生懸命に「経済を学んだ」村上氏がついにこのようにいうようになったのかと思う。さらに村上氏は、これからどうなるかは、エコノミストにも経済学者にも誰にもわからないだろうともいう。いくら勉強しても未来は誰にもわからないのである。ただ、「アベノミクス」に違和感があるという。これで経済が回復したら、民間と国民の政府への依存度がさらに増すだろう、というのである。村上氏は成熟した国家の役割は基本的には「経済生長ではなく再配分」とするのだが、アベノミクスがもしも成功すれば、国民の国への依存度が増し、また失敗すれば国民の絶望が今以上に深まるだあろうという。
 国に依存して(もっと一般的にいって誰かに頼って)生きるひとを村上氏は嫌いなのである。経済が成長するかどうかは「需要」があるか否かに依存するのであり、もしも日本で今後大きな需要が期待できないのであれば、どのような政策をとっても成長は期待できないことになる。中国が成長しているのであれば、それは中国のひとにはまだまだ欲しいものがたくさんあるからで(爆買い)、中国政府の経済政策がうまく機能しているためではないということにもなる。
 このあたりが、以前に経済学の通俗概説書を少ばかり読んでみた時にいつも疑問であった点で、要するに経済の問題について中央銀行の果たす役割は?ということである。大恐慌中央銀行の政策に間違いによるというひともいたし、日本の長期停滞も日銀の政策も間違いによるというものもいた。そうするとグリーンスパンが神になるのではないか? 賢者が世界を指導するという路線が正しいことにはなるのではないか? わたくしは、優れた者・賢い者が世を指導するという考えがマルクス主義が内包した一番の問題点と思っているので(前衛の思想・・日本共産党はいまだに「前衛」という党機関誌を発行しているのではないだろうか?)、グリーンスパンが神になるのは困る。
 村上氏は、1990年代の半ばをピークに、その後は日本の労働者の賃金が下がり続けていることを指摘し、その原因がデフレであるという意見と賃金が上がらないからデフレになるという意見を紹介し、どちらも正しいのだろうといっている。
 どちらも正しいはないだろうとわたくしは思うのだが、むかし小室直樹の本のどこかに、経済学の要諦は鶏か卵かではなく、鶏でもあり卵である、とにかく鶏と卵がどちらが先でもなく循環するというということが腑に落ちることとあったのを思い出した。
 村上氏は「需要は増えるか?」と問うのではなく「欲望と想像力は復活するか」と問うべきである、という。また、絶対に金では買えないものがあり、それは信頼だという。
 村上氏にはリバタリアンなのかコミュニタリアンなのかわからないところがある。この信頼というのは地域との共生というような方向ではないようだが、最低限の経済力は必要だが、信頼できるひとのいない生も虚しいという方向なのだろうか?
 村上氏は健気なひとだなあと思う。自分に納得できないことがあると猛烈に勉強する。勉強すればするほど解らなくなるのもまた当然で、勉強のいきつくところは、何もわからないというところかもしれない。しかし、何もわからないというのは、ここまではわかっているがその先はということなのだから、ただ一つを学んで、それですべてを説明できると思うひとよりもずっと増しである。同じ勉強でも、アメリカの小説と精神分析あたりを主な守備範囲としているらしい春樹さんとは随分と方向が違うようである。
 村上氏は以前は「我慢ができない子ども」で、今はまわりから「我慢ができない男」といわれるのだそうである。「面倒くさいこと」「苦しいこと」にはそもそも我慢せず、「命令される」「指示される」「強制させる」というのが最初からダメなのだそうである。その割には「面倒くさい」勉強を延々としていると思うのだが、それは自分で選んだことで「強制されたこと」でないのかもしれない。ただし、唯一我慢するのはコミュニケーションする場合で、それによって自分はサバイバルできたのだろうという。
 たぶん、わたくしに決定的に欠けているのはコミュニケーションする意思で、わかる人にだけわかってもらえればいいと思ってしまう。解りたいという意思はあるが、解ってもらいたいとは思わない。
 それでは何をわかりたいと思っているのか? たぶん、自分が昭和22年に日本に生まれたということの意味なのだと思う。それはもうまったくの偶然であるが、その偶然によって今の自分ができている。昭和22年に日本に生まれたひとは無数にいて、その大多数はわたくしなどとは似ても似つかぬ性格と性質の人間になっている。だから昭和22年と日本がわたくしをつくったわけではない。しかし、それでも自分は時代の子であると思う。だから、昭和という時代がどういう時代であり、日本がどういう国であったのかを知りたい。そういうことがわかって何になるというわけではないが、時代からただただ受け身でいる事態だけは、いささかなりとも回避できるのではと思っている。
 そして、昭和は明治維新の帰結で、明治期に受容したのは西洋である。では西洋とはどのようなものであるのか? わたくしが従事している医療も西洋の医療であり、医療が科学かといえば、多々疑問があるとしても、やはり科学は西洋の産物で西洋のものの考え方を基礎においているはずである。もちろん西洋といえばキリスト教で、科学だってマルクス主義だってキリスト教の生んだものである。西洋の野蛮の根源はキリスト教にあると思っているので、西洋からキリスト教を抜くとどうなるかに大きな興味がある。そして「個人」というものこそ西洋近代の生んだ最大のフィクションであると思っていて、その意味では平成に生きるわわわれ日本人もすべて西洋の産物であると思っている。国民国家もまた西洋の産物で、そうであるなら、われわれが抱える問題のほとんどすべては西洋由来であると思っているので、これからも何の役にも立たないとしても、それでも西洋について考えていくことになるのだろうと思う。(そして西洋の秘密というのが音楽の構造の中に潜んでいるのではないかという思いをずっと抱いているのだが、それはとても大きな問題で、入り口までもたどりつけないうちに時間切れになるだろうと思っている。)
 村上氏に「寂しい国の殺人」というそれほど長くない文章がある。「文藝春秋」に1997年に書かれたものだから、もう20年近く前の文章である。(シングルカット版というのが出版されているようだが、わたくしは「村上龍自選小説集7」に所収のもので読んだ。二段組み13ページほど。)ここでいわれているのは、日本は近代化が終わったということである。近代化が終わったというのは、国民が一丸となって一つの目標に向かう時代が終わった、ということである。しかし、日本には近代化を終えたという自覚がない。「もう国家的な目標はない。だから個人としての目標を設定しないといけない。その目標というのは君の将来を支える仕事のことだ」というアナウンスがない。近代化の途中の「のどかで貧しい時代」はもう終わった。敗戦の「悲しみ」から個人の目標を持てない「寂しさ」へと時代の感情は変わった。外国のメディアは「これから日本はどうするのか」とは質問しない。「近代化が終わったのはすばらしいことだ。おめでとう」という。個人的な価値観の創出が自明の国に生きているのだから。フランス人がこれから「フランス人はどう生きるべきか」などと考えることはない。
 わたくしは、嫌韓嫌中をいうひとと憲法第9条擁護をいうひとは根っこでは同じ部分があるのではないかと思っている。国家の目指すべき方向というがまだあるとしている人達のように思える。
 ところで、渡辺京二氏は「細部にやどる夢」で「西洋近代文学とは歴史上ただ一度だけ出現した人類の貴重な文化現象」といい、「近代というものが考え方、生きかた、暮らしかたのあらゆる面で展開し熟成してゆく過程を反映するいとなみであった」といっている。近代化の時代とは国民国家として一つの大きな目標を掲げるものであったのと同時に、「個人」をも析出して小説という形式を成熟させた時代でもあった。渡辺氏はフランスの小説を論じて、そこに見られるフランス人の「寂しさ」を指摘していた。
 村上氏は日本は近代化を終えたというのだが、それでも日本が目標を失って漂流していることについては、それをよしとしていないように見える。だから村上氏の小説は西洋近代文学の路線とは異なり、個人ではなく、目標を失って漂う日本を「撃つ」人たちが描かれることになる。
 
寂しい国の殺人

寂しい国の殺人

細部にやどる夢―私と西洋文学

細部にやどる夢―私と西洋文学