池田信夫 与那覇潤 「長い江戸時代のおわり 「まぐれあたりの平和」を失う日本の未来」(1) (ビジネス社 2022年8月)

 与那覇氏の本は以前「中国化する日本」を読んだことがあるが、いま一つ論旨が掴めない本だった。池田氏の名前はどこかできいたことがあるなと思ったが、「アゴラ」というネット上でいろいろなことを論ずる場を主宰している方だった。
 割合最近ここでとりあげた佐藤・池上両氏の「日本左翼史」のように「左」をまともに論じるのではなく、「左」ってみんな馬鹿なんじゃないというような冷笑的な視点の本である。
 「はじめに」は与那覇氏が書いている。
 2022年の2月にウクライナ」の戦争が始まって以来、テレビには軍事・安全保障の専門家ばかりが出てきて、この機会に日本はあらためて憲法9条の精神に立ち返り・・・などという政治学者・憲法学者などの顔は一切みることがなくなった。「これだけは絶対に正しい」とされてきた思想や社会通念は崩壊した。
 1990年前後の冷戦の終結によって、マルクス主義の権威は完全に失墜した。
 一方、2016年にはブレグジットがおきトランプが大統領になった。「リベラリズム」がその本家である英米で否定された。
 その中で、「平成の日本はそれまで清算を試みていたはずの昭和・戦後へとますます回帰していった。しかも多くのひとがそれを自覚することもないままに・・。

 本文は、1)軍事 2)政治 3)経済 4)環境 5)中国 6)提言 からなり、最後に池田氏による おわりに が付されている。

 まず、1)軍事。副題「ウクライナ戦争で「平和主義」は終わるのか」
 1991年の湾岸戦争の時、海外の報道がリアルタイムに戦争を報道しているのに、日本の報道は、国会での「憲法論議」ばかりだった。「自衛隊を派遣するか? 武力行使はできるか?・・・」 130憶ドルも負担したのに感謝もされなかった。(これには安倍さんもショックを受けて、これでは駄目だと思ったことが、それ以降の氏の政治活動を変えたのだとか。これが2015年の安保法制につながる、と。) (池田)
 この法制には憲法学者たちが強い批判を繰り広げたが、しかしこれはウクライナの戦争で息の根をとめられたのではないか? 「軍事同盟とは異なるやり方」で平和を守る、という戦後の気風の終焉・・。(池田)
 今のプーチンの論理はポストモダンの思想と通底する(与那覇)。
 日本の大きな問題は、戦後GHQが行った寛大な占領統治が世界のどこの占領統治でも行われると思っている人が多いこと・・。(池田)
 この誤解はアメリカにもあって、「フセイン政権を倒せば、イラク国民は自分達を歓迎すると思っていた、と。(池田) 実はプーチンウクライナ人は同胞だと思っていたから、徹底抗戦というシナリオを想定していなかった、と。(池田)

 この章を読んで感じたのは、戦後の日本を決定的に規定したのは、アメリカの占領政策だったのではないだろうか、ということである。これは朝鮮戦争の勃発で軌道修正を強いられるわけであるが、今度はその戦争の特需で日本の経済は復興の足掛かりをつかむことになる。

 わたくしがどうしてもわからないのが、今次の大戦で、たとえば東京大空襲で家を焼かれ、家族を失い、戦地で夫や子供が戦死したひとは実にたくさんいたであろうに、「夫の敵、息子の敵」といって進駐軍(これも変な言葉だが)にテロにおよぶというというような事例をあまり聞かないことである。もちろんそれはあっても、占領軍によって隠蔽されたのであろうが、それにしても、「ギブ ミー チョコレート」「カムカムエヴリーバディ」「拝啓 マッカーサー元帥様」である。(「拝啓マッカーサー元帥様: 占領下の日本人の手紙 (岩波現代文庫) 2002)」 これもまた江戸時代の心性の名残なのだろうか? お上意識?
 お上が天皇からマッカーサー元帥に? さすがに「拝啓 天皇陛下様」という手紙はかかれなかっただろうが。

 もしも朝鮮戦争がなかったとしたら、毛沢東が台湾を「解放」してもアメリカは介入しなかった可能性が高い。(与那覇) やはりこの戦争はその後の東南アジアの動向に決定的な影響を与えたのであろう。朝鮮戦争は北がしかけたわけであるが、北は「平和勢力」であると信じ切っていた当時の進歩勢力は北からの侵略を信じられないひとが多かったという話をきいたことがある。

 「核共有」の問題:日本はアメリカの核の傘で守られている以上、すでに「核共有」が実現されている。核は日本にある必要はない。問題はアメリカが核のボタンを押すとき日本の同意を得る手続きがないことである。(ドイツはその同意なくアメリカはボタンをおせない。)(池田) ・・・この論では日本が自ら核のボタンを押す可能性は想定されていない。というよりそのような責任を負うという道を日本が選ぶことは永遠にないのではないだろうか?

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