池田信夫 与那覇潤 「長い江戸時代のおわり 「まぐれあたりの平和」を失う日本の未(3) 経済―「円安・インフレ」で暮らしはどうなるのか」(ビジネス社 2022年8月)

 与那覇:岸田氏が宰相就任時「新自由主義との決別」といったのはびっくりした。
 池田;7年半も続いた第二次安倍政権(2012-2020)は「新自由主義」ではない。
 与那覇:「アベノミクスの三本の矢」とは、1)リフレの理論によった金融政策。2)財政政策・・すなわち公共事業による景気刺激策。3)規制改革・・これは「新自由主義」に少し近いかもしれない。
 池田:しかしアベノミクスでは3)はほとんどなにもおこなわれなかった。「働き方改革」も労働組合厚労省の抵抗で、逆に規制強化になった。2)の「財政政策」も「大きな政府」で新自由主義とは正反対。安倍さんの本質は祖父の岸信介の血をひく国家社会主義者。
 与那覇:岸―安倍の系譜は一種の「国家万能論」でありパターナリズム
 池田:さて最近の「MMT」(現代金融理論・現代貨幣理論)が問題。これは山本太郎のような極左が掲げるトンデモ理論のはずなのに、右にも受ける(例:高市早苗氏)のは、右も左も市場経済に委ねる気がないから。
 今後の日本の課題は「雇用」ではなく(失業率は低い)、「生活水準」の維持。
 今の日本はグローバルな大企業につとめているひとのみいい思いをする構造になっているが、それは人口の一割。
 池田:日本経済を「貿易立国」とみる見方はもはや実態にそくしていない。ユニクロは中国で生産するが、日本に輸入するだけでなく、中国でも売っている。これは中国で売るものでもいったん日本に輸入して日本製のラベルをはっていたから長くその実態がみえなかった。
 アップルは1990年代にアメリカの工場をすべて売却して、生産を中国に移した。しかし日本では定年近い社員の首をきれないため、古い工場のみが日本に残った。雇用の流動化という声は日本では実現しなかった。岸田氏の「新しい資本主義」、結局昔ながらの「古い日本型資本主義」の延命の試みに過ぎない。
 与那覇網野善彦が1978年に書いた『無縁・公界・楽』という名著がある(平凡社ライブラリー)。そこで網野氏は最後のほうで「家」もアジール(避難所)として機能している、としている。
 池田:正社員として雇ってもらうことを「駆け込み寺」(アジール)と感じる日本人は多いかも知れない。安倍さんが「非正規という言葉をなくしたい」といったのも、そういう方向かもしれない。しかしパナソニックソニーの雇用はすでの8割以上が外国人。
 与那覇:保守の政治家は「日本人には日本独自のやりかたがある」という話が好き。
 池田:アメリカでも「工場を国内に戻せ」というトランプが一定の支持を受ける。しかし日本の戦後の経済成長モデルはすでに崩壊している。・・・

 経済音痴のわたくしとしては、ここに書かれたことの大部分を理解できていないと思うが、安倍さんが「アベノミクス」などと言いだした時、それが「美しい日本」という方向という方向とあまりに異なるように見えて驚いた。わたくしは安倍さんの「美しい国」というのは、「我が臣民 克く忠に 克く孝に 億兆心を一にして 爾臣民 父母に孝に 兄に友に 夫婦相和し  朋友相信じ・・・」という方向だと思っていたので、経済学というような倫理をこえた実利の学問には関心がないものと思っていた(もちろんブレーンはいるのだろうが)。
 岸―安倍の系譜は一種の「国家万能論」でありパターナリズム、というのはその通りだと思うのだが、アベノミクスがいわれだしたころリフレ派という話も聞こえていたので、すこし勉強したことがある。要するに人為的にインフレを誘導することは可能で、マイルドなインフレ状態が一番いい経済状態であるというようなものであるように思った。それに反対するひとは、インフレをコントロールできるなどというのは甘い。ハイパーインフレになったらどうする・・、というようなことだったように思う。
 黒田日銀総裁の「物価目標2%、達成期間2年、マネタリーベースを2倍」というのもその路線なのだろうが、ハイパーインフレどころか、一向に物価は上がらなかった。人文科学のなかでは一番学問の体裁を整えているようにみえる経済学も、ギリシャ文字式(クルーグマン・・・この人もお札を刷って、刷って刷りまくれ派のように思う)で、一見、高等数学を駆使しているようにみせてひとを煙にまいているだけで、内実はまだまだなのではないかと思う。

 「MMT」というのはよく知らなかった。
 国は発行する国債に買い手がいる限りは、いくら借金をしても大丈夫、だから年金も破綻しないというような話だと思う。これの正否もまたわたくしにはわからない。
 今後の日本の課題は「雇用」ではなく(失業率は低い)、「生活水準」の維持。なぜなら、たった一割のグローバル大企業につとめているひとのみいい思いをする構造に日本はなっているのだから。しかし全員が貧乏ならいいとするひとも多いように思う。貧しいひとを引き上げるのではなく、豊かなひとの足を引っ張るという方向。

 池田:日本経済を「貿易立国」とみる見方はもはや実態にそくしていない。ユニクロは中国で生産するが、日本に輸入するだけでなく、中国でも売っている。これは中国で売るものでもいったん日本に輸入して日本製のラベルをはっていたから長くその実態がみえなかった。それが実態をみえなくしていた。このあたりはよくしらなかった・ユニクロというのもよくわからない会社である。
 アップルは1990年代にアメリカの工場をすべて売却して、生産を中国に移した。しかし日本では定年近い社員の首をきれないため、古い工場のみが残った。雇用の流動化という声は日本では実現しなかった。現在の雇用の維持である。岸田氏の「新しい資本主義」は結局昔ながらの「古い日本型資本主義」の延命の試みに過ぎない。そうなのだろうと思う。
 網野善彦氏の『無縁・公界・楽』1978年(平凡社ライブラリー)は昔読んだ時本当に驚いた。学問というのはこういうものだと思った。しかし最初の部分の印象があまりに強烈だったので(「エンガチョ」)、最後のほうはあまり記憶に残っていなかった。たしかに、池田氏のいうように「正社員として雇ってもらうことを「駆け込み寺」(アジール)と感じる日本人は多い」かも知れない。

 与那覇氏のいうように、保守の政治家は「日本人には日本独自のやりかたがある」という話が好きなのかもしれない。高度成長期「世界の経営者よ、日本に日本的経営を学びに来い!」といっていた頃がその絶頂だったのかも知れない。
 池田氏がいうように「日本の戦後の経済成長モデルはすでに崩壊している」のだとすると今後の日本は絶望的である。
 わたくしは「坂の上の雲」と「坂の下の沼」の二つの時代(天谷直弘「ノブレス・オブリージ」 PHP研究所 1997年)を経験したのかもしれない。天谷氏は通産官僚で戦後の「坂の上の雲」の時代の日本の産業の勃興を牽引したかたである。その本には、「さらば町人国家」という論文も「さらば玉虫色憲法」という論文とともに収められている。
 ここでは「さらば玉虫色憲法」という論文(1993年)を見てゆくことで、本稿を閉じることにしたい。

 「敗戦国日本にとって誂え向きの憲法が、奇跡的に占領軍から配給された。」これが「占領軍の日本国民に対する好意に起因するものでないことは、言をまたない。」アメリカが「日本の経済的疲弊が続くならば、日本が共産主義の温床となることをおそれた」からである。「吉田首相は、降ってきた幸運を素早くつかまえた。「吉田・池田路線」による日本経済の高度成長は、国民から歓迎された。」その路線の根底に「憲法」があった。その時代において「憲法」はよい憲法だった。」
 しかし、冷戦がおわり、「日本は国際社会の味噌っかす」ではいられなくなった。
 「敗戦時には想像だにできなかった世界最大の経常収支国家になった。金儲けだけの「町人」ではいけなくなった。しかし日本が示すべき理念としては、「日本国憲法」しかない。だが、憲法をいたずらに神聖視するのは論理の錯誤である。
 社会党の護憲論は「極楽とんぼ」である。なぜそうなったのかと言えば、ソ連を彼らがどうみていたかに起因する。社会主義の祖国ソ連を敬愛し、社会主義こそこの世に真の平和と正義をもたらすものと固く信じた。しかしこのようなことを信じている政治家は日本以外にはもはやいない。
 日本が戦後の平和と繁栄を享受できたのは憲法9条があったからではなく、日米安保体制があったからである。

 日本共産党がいまだに本気で憲法第9条をまもれと思っているのかどうかはわたくしにはわからない。あるいは一度もそんなことを信じたことはなくて、ただ革命成就のためにはそれがあったほうがいいと思っていただけかもしれない。現在では革命などということを真剣に信じている共産党員などまずいないのではないかと思う。
 社会党立憲民主党の方々はどう思っているのかもわからない。もはや唱えるお題目がそれしか残っていないのかもしれない。
 おそらく社会主義ノスタルジアを持つ人が少なからずいるわれわれ全共闘世代がいなくなれば、社会党共産党は消滅するのかもしれないが、そのあとに残るのが「美しい日本」などといっているひとだけになるのも非常に困る。
 この天谷氏の論をよむと、結局戦後の日本を規定したのは占領下 Japanの時代の様々な施策であって、独立後の日本がそれに代わる大きな別の方向を提示したことはまずないように思う。なにしろ、社会党共産党が「憲法をまもれ」なのである。

 日本での思想とか経済とか政治というのは、西欧渡りのもので、「自由」とか「民主主義」というのも日本ではあちら噺の域をでず、「西欧啓蒙思想」という方向がまだ充分には根付いていない。
 どうも毛唐は嫌いと思うひとが保守の側にも多い。それは「長い江戸時代」のためかもしれないが、そもそも「お上」という江戸時代から(あるいはもっと前から?)の伝統が日本を蝕んでいるということなのではないかと思う。

 日本は、まだまだだと思って「坂の上の雲」をみあげて、なんとか追いつこうと健気な気持ちでいるうちはいいが、もう追いついたと思って傲慢になると「坂の下の沼」に転がり落ちることをくりかえしているように思う。明治→昭和前期→戦後→バブル期からその崩壊・・。
 もう一度「坂の上の雲」をみあげて進む時代がくることがあるのだろうか? そう信じている日本人はもうほとんどいないように思うのだが。

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