玄田有史 「14歳からの仕事道」

  [理論社 2005年1月20日初版]


 中学前後の若者を対象に仕事について語りかける本。そういうものをいまさら何で読んでいるんだということはあるが。
 玄田氏は「仕事のなかの曖昧な不安」において、いわゆるフリーター問題をとりあげ、この問題が若者の就職意欲などに起因するのではなく、中高年が自分の職場にしがみついて、既得権を手放さないことから生じるということを論じて話題になった人である。
 14歳という年齢は、村上龍氏の「13歳のハローワーク」を多分に意識したものであるのかもしれないが(村上氏のこの本、あるいは村上氏の主張はこの「14歳・・・」でも何回か言及されている)、直接には中学校の先生の「中学二年生の十一月には、何か事件がおきる」という言葉からでてきたものらしい。
 なぜ、中学生が働くということに実感がわかないのかというと、情報が多すぎるからなのだという。情報が少ないほうが決めやすい。玄田氏は中学生が自分が何がやりたいかわからないなんて当然であるという。むしろ自分にむいている仕事とその人にとってやりがいのある仕事とはしばしば違っているという。適性なんてことは考えないほうがいいという。
 中学生の多くは勉強が面白くないし、こんなことをして何の意味があるのかわからないだろうという。でもわけのわからないことに学校で慣れておくことは、将来社会にでてからすごく大切だという。なぜなら仕事というのはわけのわからないことの連続だから。
 就職に安定を求めるとあとで後悔するよ、と。それよりもどうしたらいいかわからずに悩み、不安に耐えていくことのほうがよほど大事だと。
 とにかく動いてみることが大事、人の中にでていくことが大事、そこで生まれてくる繋がりが大事、そこで見えてくる違う世界が大事、個性とか専門性とかは気にするな、壁にぶつかったらそれを安易に乗り越えようとせず、そのまえでうろうろしろ。あることをするのが自分にとって損か得かなどとけちなことを考えるな。コミュニケーションスキルを身につけろなどとよく言われるが、大事なのは自分の意見を述べることではなく、人の話をちゃんときけること。世の中のいろいろなことに興味をもって、それに自分は賛成か反対かを考え、反対の人の意見についてもどこがもっともか考える習慣をつけろ。なぜそういう風に考えるのかときかれたら、それには3つ理由があります、とまず答えろ。二つではすくなく、4つでは多すぎる。本当の理由は一つにか思い浮かばなくても、あとの二つを無理やり考えることは、いろいろなメリットがある。とにかく、「ありがとう!」といいなさい。これは相手に自分はあなたの敵ではないことを伝えることになる。特別な個性や専門性がなくても、ちゃんと人の話がきけて、挨拶の基本ができていれば、生きていける。そういう人にはかならず誰かがチャンスをくれる。
 仕事とはトラブルの連続である。そういうトラブルに対処していく経験は凄く大事で、日本の年功序列制度などというのは、そういうトラブル対処能力を評価していたようなものである。だからこれからも年功序列、終身雇用制度がまったくなくなることはないであろう。
 自分が働いても正当に評価されないと思うことは多いだろう。しかし、正当な評価などというのは不可能なことなのである。だから自分のボスは自分だと思えないとつらくなる。しかし、なんでも自分で抱え込まない。ひとにまかせるということも大事。
 親密でコアな人間関係以外に薄く広い人間関係をもつことが凄く大切。
 働くことの一番の意味は自分の弱点がどこにあるかを教えてくれることにある。
 働くことにはクールさとホットさの入り混じりが大事。いわば遊びも必要。真面目さと気楽さの両方が必要。「ちゃんといい加減に生きる」姿勢が大事なのである。
 
 なんだかあんまり真っ当な話ばかりなのでめんくらうくらいである。村上龍氏の「13歳・・・」がリスクの観念をもって自分で選択する自立志向の人間を称揚する本で、それ以外の人間にはどこか冷たい印象をあたえる本であったが、本書はそれに較べれば、もっと優しい姿勢の本である。自分がやりたいこと、自分の関心の方向などが見えない若者(それが大多数であろう)に、とくかく世の中にでてみなさい、出て行かなければ自分がどんな人間かなどということはわかりませんよ、というきわめて真っ当な意見を正攻法で示している。そして出ていく上で必要なことは、資格でも特技でもなく、謙虚な姿勢と挨拶の基本だけである。と。
 この本で述べられていることは全部本当のことであると思うが、玄田氏にしても、それを自分の実感として身に着けたのは社会にでてからの様々な経験によってであろう。本を読むことで、その代用ができるのかということが、この手の本の実用性を考える場合に一番問題な点であろう。玄田氏もその点は心得ていて、社会に出るハードルをなるべく低くして、どんな人間でもやっていけるのだとして、出てみればわかるよ、という姿勢で書いている。要するに、ひきもって社会に背をむけることだけはするな!ということである。とにかく世の中にでていけ。でていけばあとは何とかなる!、と。
 

(2006年4月16日ホームページhttp://members.jcom.home.ne.jp/j-miyaza/より移植)

14歳からの仕事道 (よりみちパン!セ)

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