E・ポール「不思議なミッキー・フィン」

  河出書房新社 2008年1月
  
 訳者の今本渉氏が「あとがき」で書いているように、エリオット・ポールの名前が日本で知られているのは、ほとんど吉田健一を通してのみであるといってもいいのだろうと思う。
 吉田健一は「書架記」(中央公論社 1973年)で「エリオツト・ポオルの探偵小説」に一章を割いているし、最近刊行された吉田健一未収録エッセイ「ロンドンの味」(講談社文芸文庫 2007年)にはポールについての短い文章が3編収められている。
 「書架記」で主にとりあげられているのは「ルウヴル博物館でのごたごた」という探偵小説であるが、この「不思議なミッキー・フィン」はポールの探偵小説処女作らしい。日本ではポールの本はいままで「ルーヴルの怪事件」のみが翻訳されたのみであった。吉田健一の本を読んで「ルーヴルの怪事件」を読んでみたいと思ったひとは結構いるのではないかと思うが、わたくしもその一人で、インターネットで検索してみたら、たまたま一冊市場にでていたことがあったが、一万円以上の値がついていたので業腹なので買わなかった。それでそれなら原書で読んでやろうではないかと思いアマゾンで注文しているが、半年たった今でも本を検索中とのことである。むこうでもすでに売れない本なのであろう。
 吉田健一が称揚しているE・ポールの本にもうひとつ「The Last Time I Saw Pris 」という、パリでの生活を回顧した実録もあり、これは入手できたが、どうも英語が難しくすらすら読むというわけにはいかず、50ページほど読んだところで抛ってある。ついでにいえば「ロンドンの味」にはE・ボーエンについての文章も3編あり、そこで紹介されている「日ざかり」という小説がとても読みたくなる。これは吉田健一自身が訳しているのであるが、古書店にもなかなか出回らない幻の本なのだそうである。それでこれまた原書を注文したが、やはり英語が難しくて読めない。どこかの出版社が復刊してくれないだろうか? 若いときに英語をまじめに勉強しなかったことがくやまれる。英語の本が苦もなく読めると、老後の楽しみが倍増するのではないかと思い、残念でならない。
 それでこの「不思議なミッキー・フィン」であるが、ある意味では予想通りの本であり、ある点ではなんだかぴんとこない本であった。ストーリーの展開はいかにもひとを食ったもので、それは予想通りであった。また予想では吉田健一がウォーの「黒いいたずら」の解説で書いている「この小説(「黒いいたずら」)の大きな特徴が雅( Elegance )ということにある」というのと同じに、いたってエレガントな感じのする小説なのではないかと思っていたのだが、それは外れた。なんだかがさがさした感じなのである。吉田健一は「書架記」でポールの小説も実録もまったく同じ文体で書かれているということをいっていて、「ルウヴル博物館でのごたごた」の一部を訳して紹介している。また「The Last Time I Saw Pris 」を少し読んでみたわたくしの印象も、吉田健一の翻訳の文の印象に近い。しかし、今本氏の翻訳はユーモア探偵小説ということを意識しすぎているのか、文章が誇張に走る傾向があり、なんだか少し落ち着きがない。
 などと文句を言っているが、解説の最後に「第二作以降の訳出も、目下鋭意準備中」とある。「ルウヴル博物館でのごたごた」も訳出されるらしい。でたら買うだろうと思う。ウッドハウスの小説も続々と翻訳されてきている。こういった何の役にもたたない本がいろいろと翻訳されるようになってきているのは嬉しい。
 

不思議なミッキー・フィン (KAWADE MYSTERY)

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