(2)2011・3・19

 
 朝、わたくしの勤める病院のすぐ近くにある大きな病院の院長から電話があり、東北からの患者さんの移送をこれからうけいれていきたいと考えているが、一つの病院だけでは限界があるので、近隣の数病院が連携してベッドを調整しながら対応していきたいとのだがとのこと。22日に具体的な話し合いをすることになった。
 
 昨日外来にみえた80過ぎの患者さんが、途中で三越によってきましたが、節電のため明かりを少なくしていて暗かった、という。陰気でいやですね、という方向にいくのかと思ったが、この方がいいです、今までが明るすぎましたという。
 秋葉原にいくことが多いのだが、そこのビルのネオンは確かに何か異様な感じがしていた。今は暗い。
 今度の地震で日本のバブルが完全に終わったのではないかと思う。もちろん、バブルはとっくにはじけ、その後に失われた10年とか20年が続いたのだと思うが、それでもバブルの余熱のようなものはいくらか残っていたと思う。それが今回のことで完全に消えたのではないだろうか? しかし産業というものは、ある程度の数の必要不可欠なものの以上のものを欲するひとがいないとなりたたないものなのかもしれない。奢侈が資本主義を作ったといったのはヴェブレンだっただろうか?
 
 昨日、「平時の医療」ということを書いたが、そういえばこのブログのタイトルも「日々平安録」というのだった。医療の前提は「日々が平安であること」であり、医療の目的は患者さんの「日々を平安にしていくこと」なのだと思う。被災の地にあっても、非常時から何とかして少しづつでも日常をとりもどしていく方向へと、これからわづかづつでも進んでいくのであろう。