考える人 2016年冬号

考える人 2016年 02 月号

考える人 2016年 02 月号

 
 今回の特集が「病とともに生きる」であるから買ったわけではなく、一応「考える人」のバックナンバーは揃えている(一冊買い損ねて欠巻あり)。
 それでパラパラと見ていたら、梨木香歩さんという方の「ナイティンゲールの梟」という連載があって、そこに「フロレンス・ナイティンゲール」を「積極的神秘主義者」とか「ナイティンゲールには霊性的な傾向があった」というような記載があった。この連載は読んでおらず、この号を見ただけでは「ナイティンゲールの梟」というのがどういう書き物であるのか見当がつかないので、連載の開始された2015年夏号から見返してみたら、小説であるらしい。それもおそらく信仰をめぐる物語であるようである。2015年秋号には「ナイティンゲールについて、まずいいたいのは、彼女が人のいい、信仰心の篤い善良なおばさんなどではなく、当時まるで無神論者と呼ばれてもまったくおかしくないくらいのラディカルな神概念を持っていた思想家であったということです」というような部分もあった。といってこれはナイティンゲールについて書こうとしたものでもなく、園芸用語に nursing という言葉があるのとナイティンゲールの nursing を関連づけることによって、信仰の問題を「何かに働きかける、何かを見守る」というというような方向として考えていこうというようなものらしい。「私はどうしても、自然は自然のままで放っておくと、そこに悪意のようなものが混じり込んでくるような気がしてしようがないのです。」 care という問題、手をかけること。配慮すること。ハイデガーのSorge 。内田樹さんがいう村上春樹の作にある「雪かき仕事」。
 わたくしがナイチンゲールに興味を持つようになったのは、関川夏央さんの「よい病院とはなにか」を読んだことによってであったと思う。関川氏はそこでナイチンゲールを「比類のない現実家であり革命家であった」と書いていた。氏がいままで抱いていた「精神主義者、自己犠牲的使命感の権化」というようなイメージとそれは正反対のものであったと。関川氏はそれを「看護覚え書」一冊を読むことで感じとっている。
 もっと後に読んだ三好春樹氏の「介護覚え書」(もちろん、このタイトルは「看護覚え書」のパロディであり、嫌がらせ)では、(ナイチンゲールは)“天使”でもあったし、“レーニン”でもあった」、「目的のためには手段を選ばない」ひとであったということが言われていた。三好氏もまたひとに奨められて「看護覚え書」を読むまでは、“クリミアの天使”“奉仕の精神”“思いやり”の人といった方向と思い込んでいたらしいのである。
 L・ストレイチーの「ナイチンゲール伝」では、(ミス・ナイティンゲールには)「悪魔が取り憑いていた」と書かれ、「人当たりのよいことは少なかった」と書かれている。確かにナイチンゲールは側にいてほしくないひとの典型である。この伝記によれば周囲にいたほとんどの男は翻弄されつくして討ち死にしている。
 ナイチンゲールは富裕階級の生まれで、貴族に近いような地位にいた女性であるので、当時きわめて社会的に低い地位にあった看護という仕事につくなどというのは正気の沙汰ではなかったわけだし(そもそも当時、裕福な女性が自立して、独立した生活をおくるということ自体が想像をこえることであった)、何かそこには召命のようなことがないと理解できない事態であったのかもしれない。ただその呼ぶ声が神から来たとみるか悪魔から来たとみるかは見方によるということなのだろう。
 関川氏のいう「現実家」、三好氏のいう「レーニン」というイメージでわたくしもまたナイチンゲールをとらえていたので、ここで梨木氏がいう「神秘主義」とか「霊性」という言葉に躓いた。「看護覚え書」には一切、精神論はない。まったく具体的な指針のみが書き留められているだけである(ほとんど「清浄な空気」のみが書かれているのかもしれない)。しかし、最初にナイチンゲールを「看護」に向かわせた動機というのは「人道主義」とかいったものとはまったく異なる何かであったというのは十分ありえることであろう。
 ところで、「私はどうしても、自然は自然のままで放っておくと、そこに悪意のようなものが混じり込んでくるような気がしてしようがないのです」という文を見て、二宮尊徳の「「天道」は善悪を知らぬ畜生道」であるという「人間のつくったものは、放置すれば必ず崩壊する」「溝は埋まり、橋は朽ち、田は荒れる」という見方を想起した(中井久夫分裂病と人類」による)。これは内田樹氏のいう「雪かき仕事」にも繋がるものなのだろう。
 ただ現実家と革命家は相反するものでそれが一人のひとの中で同時に存在するためには、どこかから呼ぶ声がきこえてくることが必要なのかもしれない。
 
看護覚え書

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村上春樹にご用心

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分裂病と人類 (UP選書 221)

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