J・マーチャント「「病は気から」を科学する」(4)第3章「パブロフの力 − 免疫系を手なずける方法」

 
 心というものが免疫系を含めた基本的な生物学的機能に影響を及ぼすかということが論じられる。もし影響をおよぼすのであれば、移植患者、アレルギーや自己免疫疾患、さらにはがんの患者においても投薬量を大幅に減らせるのではないか?
 条件反射(条件づけ)は1890年代にロシアの生理学者のパブロフが発見している。
 条件づけは、生物が危険から逃げて、それを回避させるために進化したものである。 
 条件づけは、プラセボ反応もひきおこす。以前、実薬で特定の反応をひきおこすことを学習していれば、それと似たプラセボ薬でも同じ変化を経験することがあるからである。これは意識に関係ないもので、したがって、その薬が偽薬であると知っているかどうかには関係しない。
 ある薬とともにプラセボも投与する(患者もそれがプラセボだと知っている)。一か月投与した後、2ヶ月目からは実薬を半分にしプラセボは続ける。それを注意欠如・多動性障害の児で検討した。この操作をしたものは、実薬を全量のままで続けた群と同じ薬物の臨床的効果をしめしたが、実薬による副作用は全量投与群より少なかった。
 これは条件づけを利用すれば、医者は患者を騙すことなくプラセボ効果を利用できることを示している。そのようなことが可能であるのは、免疫系と脳がつながっているからである。これは1975年に発見されているが、免疫学の主流からは無視されてきた。多くの生物学者は免疫系は単独で独立して機能しているのであって、脳からも独立していると考えてきた。
 自律神経系は血管につながっているが、脾臓や胸腺ともつながっている(1981年)。その発見から「精神神経免疫学」がはじまった。ストレスなどの心理的要因は神経伝達物質の放出を介して免疫反応に影響をおよぼすだけでなく、免疫系から放出された化学物質が逆に脳に影響をおよぼすことがわかってきた。
 これらの研究から条件づけによって、移植患者の拒絶反応をおさえる免疫抑制剤の使用量を少なくすることができた。実際に移植手術の現場では、患者に精神的な問題がおきると移植臓器に拒絶反応が出ることがあることは以前から知られていた。心が不安定になると移植臓器を失うことにもなりかねない。
 受け身でただ薬を飲む場合よりも、患者が積極的に自分の健康にかかわっていると感じて服薬することは(一部の)薬剤の臨床効果を高める。
 しかし主流派の免疫学者は、こういった現象を無視している。そして当然であるが、製薬会社も薬剤使用量を節約する研究には関心を示さない。
 
 恥ずかしながら、ここに書かれていることのほとんどを知らなかった。
 そう思って、昔読んだカーティスというひとの「健康心理学入門」という本を引っ張り出してきて、見てみたら、ちゃんと「ストレスの減少は、交感神経系の興奮を鎮静させ、関連する免疫系の機能を改善させる」という記載があり、傍線まで引いてあった。しかし印象に残っていない。この「関連する」というさりげない記載が問題である。どのようにしてというメカニズムの説明がないと、「ブードゥー教の呪いは人を殺す力を持つ」という文と同じで、確かにその文自体は事実を語っているにしろ、そのままでは呪い自体が人をころせるが如くである。脳からの神経配線が免疫に関する臓器と直接つながっているという事実が提示されると、ストレスと免疫との関係がすっと飲み込めるものとなる。
 われわれが一般的に蛇のようなヌルヌルしたものを嫌い、パンダのようなふわふわしたものを好むのは、そのような性向をもったものが進化の過程での生き残りに有利であったからと説明されている。それは後天的な学習ではなく、生得的にわわれわのなかに埋め込まれている。
 条件付けも、一度いやな思いをしたことを繰り返さないためにわれわれの身体に組み込まれている進化の産物である。つまりそれは意識による学習ではなく、身体が学ぶものである。
 正直、ここに書かれている条件づけで薬物投与量を節約できるという話には半信半疑なのであるが、確かに製薬会社にとっては面白くない話であろうから、われわれの耳にはなかなか届いてこないということはありそうなことのように思える。
 

「病は気から」を科学する

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健康心理学入門 (心理学エレメンタルズ)

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