篠沢秀夫さん
篠沢秀夫さんが亡くなられたらしい。
文学者としての篠沢さんのことを知ったのは、開高健・谷沢永一・向井敏の鼎談「書斎のポ・ト・フ」によってだった。もちろん、クイズ・ダービーの篠沢教授は知っていたが。そこで氏の「篠沢フランス文学講義」(全2冊)が紹介されていた。ここでは全2冊とされているが、わたくしは五巻までもっているので、まだ刊行途中であったのだろうと思う。とにかくこの本で篠沢氏が大碩学であることを知った。
これは氏が教授をしていた学習院大学でしていた講義をテープにとったものをおこしたものがもとになっている。
第一巻の巻頭はフランス文学におけるクラシシズムとロマン主義を論じ「クラシシズム」という言葉が19世紀のロマン派によって作られた言葉であることがまずいわれる。どのような講義であるかを本文から示すと、「ローマ時代の西ヨーロッパの統一ということを考えてみると、少し学問をした人はみんな驚くわけです。これはもう全くいわば、『猿の惑星』ですね。よく調べてみると、昔今より優れた文化が、この同じ土地にあったということは、どれほどの驚きであるか。・・・日本では幕末から明治の初めに掛けて、西洋のことを学ぶということですね。鎖国状態であった日本が、知らないうちに、別世界では非常に文明が進んでしまっているのだということを発見して、これは驚きですね。・・・それから百年たった今日、生活水準でも、西洋の大抵の国とは肩を並べてしまったし、鎖国する前に日本に来ていたポルトガルとかスペイン、ああいう国は、もはや現在の日本から見ると、経済的には全く遅れてしまっているし、いわば低開発国という感じですね。東京の郊外だって、主婦がはだしで歩いているというのはないけれども、リスボンの郊外に行けば、はだしで歩いている主婦はいっぱいいますね。・・・ですから、フランス文学をやってるからと言って、ただフランスかぶれになってるというのは、もう時代遅れですねえ。・・・じゃフランスなんてくだらないのかと言うと、そうじゃないんですね。つまりフランスが十六世紀に経験したことを日本はやっと十九世紀に経験している。・・・日本のタクシーの運転手ほど知的水準の高い運転手はいないですね。・・・日本のタクシーの運転手はインテリです。あれはポルトガルへ行ったら、もう大学教授になれますね。(笑)もっともなれないんだ。・・・ポルトガルやスペインでは、大学教授は世界的水準になるわけです。間がすっぽ抜けてるわけです。・・・フランスなんかの場合は、それがまだ激しいですから、インテリたるものが、写真が載っているような新聞を読んじゃいけないんですね。・・・『ル・モンド』は写真がないんですね。・・・」
ここだけ読んでも、現代の日本でフランス文学を研究する意味という意識がつねにあっての講義であることが明らかである。この五巻本からは本当にいろいろなことを教わった。
そして篠沢氏はまた愛国のひとでもあって「日本国家論 花の形見」などという本を書いているし、フランスの愛国の人モーリス・バレスの小説「精霊の息吹く丘」などというのを訳したりもしている。
氏は晩年、筋委縮性側索硬化症という大変な病気と闘っておられたはずである。その闘いから解放され、ようやくほっと息をつかれているのかもしれない。
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