全共闘運動と『ジャン=ジャック・ルソー問題』

 亀山郁夫氏と沼野允義氏の「ロシア革命100年の謎」を論じていたときに、鹿島茂氏の「ドーダの近代史」(単行本)(「ドーダの人、西郷隆盛」(その文庫化))を思い出した。というか本当は逆で、最近文庫化された「ドーダの人、西郷隆盛」を読んでいたら、これが亀山氏と沼野氏の議論の根底につながる部分があるのではないかと感じた。
 前に「ドーダの近代史」を読んだときは、西郷隆盛の章(「陰ドーダの誕生」)までで中断してしまっていて、その先の中江兆民の項を読んでいなかったのだが、今回は「中江兆民のところまで読み進んで、そこでのジャン=ジャック・ルソーについての論を読んで、ああこれはひょっとして、かつての全共闘運動と関係がある話かもしれないと感じた。ということで、ほんの思いつきである。その思いつきを、以下少し書いてみたい。
 その前に、この中江兆民の章の(3)の冒頭に以下のような記述があるのが少し気になった。
 「世に全共闘神話というのがある。/ 一九六八年から一九七二年までの時代に学生だった団塊の世代は、ほぼ全員が全共闘で、ゲバ棒を片手に機動隊と渡り合っていたというイメージを抱いている人が少なくないのだ。/ これはとんでもない錯覚である。/ まず、東大や日大など全共闘の運動が激しかった大学においてさえ、学生の90パーセントは無関心派で、実際に身を以て活動に参加した突出部分は2、3パーセントにすぎない。つまり、50人のクラスでいえば、活動家は一人か二人で、その周りに3、4人のシンパがいるといったところで、たいていの学生は、ストライキに賛成投票することはあっても、バリケードに加わったりせず、バイトをしたり、旅行をしたり、あるいは自宅で勉強したりして、明るく楽しい学生生活をエンジョイしていたのである。」
 わたくしは1968年には東大医学部の一年生(M1)だったが、一学年100名くらいのクラスに、まず民青系の活動家が4〜5人いたと思う(ただしそのシンパはほとんどいなかったが・・)。その多くは医者になった後に民医連系の病院に就職し、そのまま現在にいたっている。ということで、一過性ではない筋金入りの日本共産党系が一定数いたということである。一方、それに対する全共闘系の活動家も当初はコアの部分が5人くらい、シンパが10名くらいはいて、さらに紛争が長引いて、1968年末から1969年の安田講堂封鎖とその解除にいたるあたりではシンパのかなりがゲバ棒とヘルメット・覆面の活動家になっていったと思う。またストライキ当初には“ノンポリ”であった部分のかなりもその時期には全共闘シンパとなっていた。
 相当頻繁にクラス会というのが開かれていて、そこには常時30〜40名は参加していたように記憶している。そこに参加せず、バイトをしたり、旅行をしたり、あるいは自宅で勉強したりしていたひとがクラスの過半ではあったとは思うが、わたくしのように民青・全共闘どちらに賛同するわけではないにもかかわらずクラス会にはほぼ皆勤するような人間も5〜6名はいたわけである。この一年間だけ、アテネフランセに通ったのであるから、わたくしもまた明るく楽しい学生生活をエンジョイしたことになるのかもしれないが、この間、医学の教科書などはただの1ページも開いたことはなく、吉本隆明だとか福田恆存だとか三島由紀夫だとかをひたすら読んでいた。というか、本を読むことが自分にとって本当に必要なことであると感じたのはこの時がはじめてで、ということはやはりわたくしも、全共闘運動の渦中にいたということになるのだろうかと感じる。さらに、一言つけくわえておけば、数名であるが、積極的にストライキ解除を目指して活動していたひともあった。そういう“右派”?もまた広い意味での活動家であったとみなすとすれば、自分の身の回りでの見聞から言えば、学年の40〜50%のひとが何らかの活動をしていたように感じるので、上記の鹿島氏の全共闘運動神話批判は、わたくしが過ごした学生時代の実態とはいささか異なると感じるので、ここに記しておく。
 
 さて、「ジャン=ジャック・ルソー問題」である。この「ジャン=ジャック・ルソー問題」というのはカッシラーの著書の題名で、1932年に発表されたものということであるから、ほとんど100年近く前の本である。そこで言われていることは、ルソーという思想家は「何を」語ったということよりも、「どう」語ったかの方がはるかに重要な思想家であるということである。(鹿島氏はここで「シニフィアン」と「シニフィエ」という用語を使っているが、このソシュール由来の言葉がどの程度日本で流通しているのかがわたくしにはよくわからない。その日本語訳の「能記」と「所記」などというのではもうまったく問題外であるが、鹿島氏はフランス語の先生でもあり、アンとエというフランス語での能動と受動のニュアンスがよくわかっているから、なんら違和感はないのであろうと思われる。しかし氏も「われわれの用語でいうなら」としてこのシニフィアンシニフィエを導入してくるのであるから、これは業界用語である。「シニフィアン・ドーダの人である兆民」というような表現は一般書のなかで用いるのはいささかつらいのではないかと感じた。わたくしは最初、丸山圭三郎氏の本でこの語に触れたのだが、なじめなくて、随分と戸惑ったものである。)
 さて、鹿島氏は以下のような部分をカッシラーの著書から引いてくる。「ルソーにとって確かなこと、かれが思想と感情の全力をあげてつかみとろうとしたもの、それはかれが目ざしている目標ではなく、かれを駆り立てている衝動なのであった。かれはこの衝動にわが身をゆだねようとする。かれは、その世紀の本質的に静的な思考方法に、自分の思想の全人格的力動性、感情と激情の力動性を対置する。そしてこの力動性こそ、いぜんとしてわれわれをひきつけて離さないものなのだ。」 この部分を読んで、ああ、これはかつての全共闘運動のことではないか、と感じたわけである。
 全共闘運動がもたらした大きな功績の一つが、その当時には存在していた進歩的文化人をほぼ一掃したということがあるのではないかと思うが、「お前は静的だ! なぜ跳ばない?」という批判に当時の進歩的文化人(といっても、その1.0であり、後に、全共闘運動に参加したひとの一部から進歩的文化人2.0とでもいうべき人たちが出てきたと思うが・・)は対抗できなかったのである。「お前のいっていることは口先だけだ! 全人格がかかっていない!」という批判、つまり、「お前は考えるだけで動いていない」という批判がとても大きな破壊力を持ったわけである。
 カッシラーは鹿島氏もいっているようにルソーにかなり好意的であって、「ルソーの内的感覚の真実性はどの文章からもわれわれにせまってくる」といっている。鹿島氏も「その文体に宿るこうしたド迫力、「一切の知識の重荷や華美をふり落とそうとする渇望」の激しさということをいっている。
 「ルソーの文体は思想的というよりも、むしろ文学的、より正確には詩的と呼んだほうがいい。ルソーの作品が文学として生き延びているのはまさにそのため」と鹿島氏はいう。ルソーはロマン主義の先駆であったというわけである。
 橋本治氏は全共闘運動について、「あれは、「大人は判ってくれない」ですよね。それだけなんですよね。「大人は判ってくれない」で、なんか2年くらいドタドタやってた」といっている。(「ぼくたちの近代史」) しかし、そうではありながら、あの当時の運動は、「君たちの気持ちはよく判る!」などと言われると、「そんなに簡単に判られてたまるか!」ときり返してしたと思う。ルソーがパリの社交界にはいって感じた感覚とパラレルであるはずである。前者の判るは、頭での理解、理屈での理解である。後者の判るは全人的理解である。同じ判るでも、その意味が違っていた。
 だから、庄司薫氏の「赤頭巾ちゃん気をつけて」で、薫くん(ではなく友人の小林くん)はこういう。「つまり知性ではなく感性とかなんだ。」 ここで《知性を言葉で表現された内容》、感性を《言い方やそれに反映されている感情》であるとするならば、ジャン・ジャック・ルソー問題そのものである。
 鹿島氏はルソーの「ルソー、ジャン=ジャックを裁く」の一部を引用し、その論理を「オタクに特有の、オレだけはピュアだが、おまえら全員は不純だという夜郎自大なドーダ論法である。/ まともな大人なら、とてもじゃないが聞いていられるような議論ではない」と批判している。しかし、ルソーの論法は「まともな大人」などというものを全否定しようとするのであるから、そんなことを言ってもルソーは何も感じないだろうと思う。
 そのことをよく示しているのが山崎正一氏と串田孫一氏の共著である「悪魔と裏切り者 ルソーとヒューム」である。まともな大人の代表であるヒュームはピュアな子供であると自らを信じ切っているルソーには勝てないのである。社交の人ヒューム対森の中の孤独を愛する人ルソーである。社交には常に偽善がともなう。あるいは偽善そのものかもしれない。だが、人間は一人でいる限りは偽善をなす必要がない。バリケード封鎖の解放区というのは、都会の中に森を取り戻そうという試みであったのかもしれない。
 全共闘運動はもう50年前の出来事である。それならば、それはもう過去の出来事となってしまったのだろうか? ここには鹿島氏のいう「自我パイの一人食い状態」というのが関係してくると思う。鹿島氏は今の社会は自分の自我パイをすべて自分で食べてもOKの社会である、という。しかし今から50年前にはまったくそうではなかった。だからこそ全共闘運動というものも起きた。だが、現在ではそうではなくなっている、とすれば、ある意味では現在は全共闘運動の目ざした理想が達成しているのかもしれない。
 とはいっても、それは《まともな大人》なら聞いていられない状態が普通になってきているということであるかもしれなくて、世の中全体がどんどんと子供化していることを意味するのかもしれない。
 わたくしは今、産業医という仕事もしていて、労働の現場でのトラブルの対応にかかわっているが、今の若い方(だけではなく、実は中年のかたのかなりも)の抱く労働観というか勤労観というのが、《他人の必要に応える》から《自分を実現する》という方向にどんどんと移行してきているのを感じて戸惑っている。それにとまどうというのは、自分が完全に時代に適合できなくなってきているということなのだろうと思うが、18世紀のヨーロッパ啓蒙においては非主流であったルソーが、現代においては主流派になってきているのだとすると、18世紀啓蒙主流の正統な後継者であった(とわたくしが考える)吉田健一氏などを範にしてきた人間としては、はなはだ困った時代になってきているわけである。
 しかし、自分の都合のいいように世の中がならないのは当然であるのだから、とにかく自分の持つ物差しで、周りを測って、対応していくしかないのだろうと感じている。
 

ドーダの近代史

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ジャン=ジャック・ルソー問題 (みすずライブラリー)

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ぼくたちの近代史 (河出文庫)

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赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

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ヨオロッパの世紀末 (岩波文庫)

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